君の音は何色で描く｜リアクション

君の音は何色で描く

　この世の全ては、生まれ落ちたときに決まっている。
　背中に白き翼があれば箱庭を見下ろし薄ら笑うことができて、無ければただ搾取され続けるだけ。
　無能な小さき者は、幸福があれば勝手に天を仰いで感謝し、不幸があれば信仰心が足りないのだと嘆いて、ただ毎日疑いもなく祈りを捧げるのだ。
　まるで信仰が義務かのように、金も、食い物も、慰み者ですら献上する。そういう思想は大なり小なり様々な国で見られ、物語の内外に関係なく『選ばれし者』が君臨したことを歴史は伝えている。

　ならば八神修は、どちらになっていただろう。

　初めから『八神』の名を持ち、その名の下で育てられていたなら、考えるまでも無く翼を持つ側だ。環境を何も疑わず、手にできる全てが当たり前だと自惚れていた可能性も否定はできない。
　けれどそうではなかったら。
　まだ『修』という名で呼ばれる前なら、きっと翼は持っていなかった。もしくはそれが小さくて見えにくかっただけで、何かしらの翼はあったから今があるのかもしれないが……普通の人として生きる道もあっただろう。
（時代が違えば、俺はどちらになっていたんだろうな）
　自分のことなのに予想が付かなくて、読みかけていた本を閉じる。すると、先ほどまで聞こえてこなかった教室のざわめきが一気に戻ってきた。
　どこか普段通りの場所にほっとして、七夜あおいの姿を探す。彼女は自席で何かを計算しているのか、リズミカルにスマートフォンをタッチしながら手帳と見比べていた。
（普段なら天使って答えるところだけど）
　必ずしも心が綺麗で慈愛溢れる存在として描写されないあたりが、即答を迷わせる。ならば本人に聞いてみようかと、修は席を立った。
「今忙しい？」
「うー……ううん、思い出せないからいいや。どうしたの？」
「この本、読んだことあるかな。あおいならどっち側に付きたいかと思って」
　簡単にあらすじを説明すると、彼女は暫し考える素振りを見せた。やはり、天使の役どころが大多数の作品と異なることに戸惑いがあるのだろう。
「それなら私は悪魔かな！」
　彼女の思い切りの良さは知っていたつもりだけれど、あまりにもあっけらかんとした様子で言うものだから、修は虚を突かれたかのように瞬いた。
「だって私、どうしたって人の上に立つタイプじゃないから、天使側ってイメージできないし……やってることもね、さすが神様の使いってだけあるなとは思うけど」
　納得はできない。
　まだ本を読んでいないからか、あおいは明言せず表情にだけ出して、相容れ無さを物語った。
「人間側は想像しやすいと言うか。こんな理不尽を理不尽とも思えないことをお願いされて、黙って従うなんて私じゃないなって。それで異を唱えれば背信者って糾弾されるわけでしょ？　きっと」
「……だろうね」
　今では時代錯誤だとデモができることであっても、それを口にすることすら許されない時代があった。繰り返すことがないように語り継がれ学びを得て、ようやく異常であると気付くのは遠い未来になってから。
「なってやろうじゃない、悪魔に」
　ただ選べる選択肢がそこにしかなかったのではなく、あおいは自ら選び取った。
　例えば不作で食べるのにも困っているときに、食べ物を献上することに喜びを感じられるだろうか。それこそ慰み者に選ばれてしまったとき、見初められたことを幸福だと思えなければ、あるのは絶望だけだろう。
「逃げれば家族も酷い目に遭って、受け入れても村や町に不幸が訪れたら誰が失礼をしたんだって処罰される。そんな世界ならさ、間違ってるって声に出す私はきっと悪魔だと思うんだよね」
　諦めなど欠片もなく、自信に満ちた顔で問う。
「修君はどうしたいって思ったの？」
　そう問われて、初めて狭い世界で物事をみていたことに気付かされた。
　箱庭を世界の全てだと錯覚して、導きがあるようにと懇願すればどうにかなると考える小さき者も。
　世界の外側を知ろうとせず、他力本願な小さき者を嘲る翼がある者も。
　このどちらかしか答えがないと思って、第３の選択肢を考えなかった修も、だ。
（無知は罪だな）
　己はそんなものにはなりたくない。
　何も知ろうとせず搾取され、力に溺れて堕落していくような、愚かなイキモノになんて。
　ならば、どれだけ真っ白な翼を持っていたとしたって、黒く塗り替えることに躊躇いは無い。

「……俺も、悪魔かな」

　君との出逢いが全てを変える。出逢わなければ形作られなかったモノがいくつも生まれ、修の中で新しい価値観として目覚めていく。
　おしえてくれ。君の見ている世界を、これからも。

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