星降る夜に見た夢は｜リアクション

星降る夜に見た夢は

　暗闇から飛び出したゴーストが稲積柚春を飛び上がらせた。一つ鋭く声を上げ弾かれたように駆け出す。
「ど、どこここ！？　今の何！？」
　湿った土を踏みしめ必死に足を急かす。視界を横目に流れていくのは墓石だ。いくつもいくつも、様々に形の異なる墓石が並ぶ。ここは墓地だろうか。いや向こうに見えるいかめしく奇妙な洋館にはどこか見覚えがある。追いすがるゴーストの奇声が柚春の肩を震わせた。記憶を探り、断片的な情報を必死に拾い集め繋げてゆく。そうだ、あの建物は。
「ニャンドの、ボーンデッドマンションだ！！」
　一人だけではない、あたりには幾人ものゴーストたちがうろめいているが、ここがニクキューニャンドのアトラクションであると分かればそう怖くはない。あのゴーストたちも夢の国に勤めるちょっと気合の入りすぎたキャストに過ぎないし、少し歩けばきっとハッピィやチャーミィが現れあの甲高い声でフレンドリーに挨拶をしてくれることだろう。
　ならばと振り返り、しつこく追いかけてくるゴーストと相対する。彼は緑色に輝き、全身がうっすらと透けていて、そして浮いていた。
「ってやっぱり本物ー！？」
　ダッシュで一気に距離を離し、墓石の陰に身を隠してやり過ごす。柚春を見失ったゴーストはきょろきょろとあたりを見回し、浮かび上がって向こうの空へと飛んでいった。
「はぁ……」
　深く息をつく。焦りのためかうまく呼吸ができないが、不思議とあまり息苦しさはない。まるで夢の中のような感覚だ。
「あ。ニャンドと言えば」
　やはり、あの日を思い出さずにいられない。ニャンドでデート。なんてベタで、なんて素敵なひと時だったことだろう。その後に彼へ想いを告げ、まあまあ納得の結末に収まったからこその良き思い出でもある。となればここには彼、ウォルター・Bの姿もあったりするだろうか？　彼もまた柚春と同様に訳も分からず放り込まれ、さまよい歩いているのだろうか。
　あるいは彼もまた、柚春を探しているとか？
「迷っているのかい。お嬢ちゃん」
「わあっ！？」
　急に聞こえた声に、柚春は再び飛び跳ねた。
　妙に低いところから届いた声の主を探すと、足元に水晶玉が転がっていた。占い師が手のひらでなぞり、何らかの映像なり啓示なりを導き出したりするアレだ。そのやや曇りがかった水晶玉の中に映る顔が、柚春を見上げていた。妙齢の、まさしく占い師ルックに身を包む女性の顔だ。
「迷っているのかい？」
「あ、うん。たぶん……出口はどっちかな？　それと、もしかしたら知ってる人がここにいるのかもって」
「ふむ。どれ」
　顔だけの女性はまぶたを伏せると何やら呪文のようなものをつぶやき、やがてかっと瞳を見開いた。
「呪われし館の主が、伴侶たる少女を探しておる。お嬢ちゃんのことではないのかね」
「えっ？」
　女性の顔が水晶玉から失せ、代わりに浮かび上がったのは、見慣れた横顔だった。
「……柚春。どこへ行ってしまったんだい。消えてしまった。柚春……」
　眉を寄せ唇を結び、哀しみに暮れている。いつもの快活や悪戯っぽい笑みは鳴りを潜め、悲哀に沈むウォルターの姿がそこには映し出されていた。やはり彼も探しているのか。分かたれた、己の半身たる少女を。
　柚春はおもむろに立ち上がると、墓地と樹々の向こうに垣間見える洋館を見据え、つぶやいた。
「僕……行かなくちゃ」
　遠ざかってゆくその背を、水晶玉の中から女性が複雑そうな顔をして見つめていた。

　ゴーストはもう追いかけてはこず、代わりに遠巻きに柚春を眺めてはひそひそと何事かをささやき合っている。
　館の重々しい扉を押し開き、廊下を突っ切り、動く彫像の並ぶ書斎を抜け、ひとりでに音の鳴るピアノを横目に部屋の奥へ。地下室へと降りる。館は迷宮のようだが迷うことはない、カートに乗って巡った記憶は未だ鮮明だ。
　踊るゴーストたちの合間を抜け、最奥に彼の姿を見つけるなり、叫んだ。
「ワット！」
「柚春……柚春かい？　ああ、柚春！」
　安堵し柔和な顔を浮かべる彼の胸へ、文字どおりに飛びこむ。柚春の身体は、よくよく見れば緑がかって光を帯び、うっすらと透け、そして浮いていたが、それは抱き留めたウォルターも同じだ。

　館に住まう９９９人のゴーストたちに連なり、１０００人目と１００１人目となった二人だが、何、構うものか。
「ワット。これでずっと一緒だね」
「ああ。もう手離さないよ、柚春」
　二人は固く結ばれて、天井のシャンデリアにそっと腰かけキスをかわす。この先も何度となくそうするだろう。きっと、永久に。

このページにイラストを設定する

星降る夜に見た夢は

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧