君が教えてくれるすべてのこと｜リアクション

君が教えてくれるすべてのこと

　ぬいぐるみコーナーはまるで動物園だ。カゴいっぱいのパンダにゾウ、キリン、ヒョウ、シロクマクロクマアライグマ、たくさんの、いや、たくさんすぎるほどの種類の動物ぬいぐるみが売られているのだ。ぎょっとするほどリアルなニシキヘビあり、ディフォルメのきいたキュートなカメあり、なかには成人男性より大きいくらいクジラまであって、うっかり踏み入ろうものならたちまち魅了されてしまう。
　猫のぬいぐるみの手をにぎにぎしているともかから離れ、こっそり時子は尚輝にたずねた。
「ともかさんは、生物が好きだったはずですよね」
「ええ」
「尚輝先生がプレゼントした鳥さん……ルリちゃんのおともだちとして、私、ペンギンさんのぬいぐるみをさしあげたいと思ってます」
「いえそんな」
　恐縮する尚輝を、「せっかくこうしてまたお会いできたんですから」と説き伏せ、さらに時子は質問する。「ともかさんのおうちには、もういっぱいおともだちがいるのでしょうか？」
「たぶん、あんまりだと思います」しばらく考えてから尚輝は言った。「母親、つまり僕の二番目の姉はわりとそういうところ厳しいので。義兄（あに）の会社の商品くらいならあるかもしれませんけども」
　このとき彼のもさもさの髪の間から小鳥がひょっこりと顔を出したのである。チチチチと小さな声で鳴く。
「おじさん、小鳥の声が」
　ともかが気づいて振り返ったが、尚輝は「小鳥？」ときょとんとするばかりだ。
「オモチャの音でしょう」
「いえ、おじさんの髪から聞こえたような……？」
「ははは、頭に鳥さんが住んでいたら楽しいでしょうけど」
　気のせいかな、と考え直したのかともかはぬいぐるみに注意を戻した。
　だがともかの判断は正しかった。尚輝の『ろっこん』なのである。怪現象が近づくと、彼の頭からウグイスに似た小鳥が出てきて注意喚起のさえずりを行うのだ。数メートルは距離があったのにともかが小鳥の声をはっきりと聞いたのは、やはり尚輝と血縁関係にあるからだろうか。
　もちろん時子も小鳥の声を聞いている。
〈何かあったのですか？〉
　鳥にだけ通じる声で、尚輝の背後から彼の頭頂に話しかけた。『ろっこん』由来であろうと鳥は鳥、尚輝の髪のあいだから鳥は抹茶アイス色の顔だけのぞかせて、
〈風が〉と時子にこたえた。〈怖い風が〉
〈怖い……風？〉
〈あの子はまだ自分が『怖い風』ってこと、知らない。でも怖いよ。それが怖いよ……！〉
　言い終えるより前に鳥は頭をひっこめ、時子の呼びかけには応じなくなった。
　つぎの瞬間、
「御巫さん！」
　尚輝が時子に覆いかぶさってきた。

　突風が吹いた。

「えっ！？」
　真白はスカートを両手で押さえた。
　つむじ風なのか店外との気圧差か。瞬間的にだが強烈なつむじ風が吹いたのだ。千絵も風をうけてよろめき膝をついた。
「千絵ちゃん平気っ！？」
「あ、はい」ずれた眼鏡を直しつつ千絵は言う。「ここって屋内……ですよね？」
　どうして風がと千絵は訊くのだが、真白にも説明できない。
　一体なんだったというのか。アトラクション的な趣向だったとしても、ちょっとたちが悪すぎないか。　
　しかし店側の仕掛けではないのだろう。積み上げていた玩具の箱がバラバラと崩れ、背の高い女性の店員が「大丈夫ですか。おけがはありませんか！？」と駆け寄ってきたからだ。彼女の名札には『クリス高松』とあった。