鍋、かまくら、温泉。｜リアクション

鍋、かまくら、温泉。

◆一時帰国の思い出に

　マリエッタ・ラシュリエは恋人である嶋村直之と半年ぶりに再開した。彼はMITに留学中で、今は年末年始を日本で過ごすために一時帰国している。遠距離恋愛ゆえのすれ違いもあったけれど、修復できて一安心。
　そして彼女はこのタイミングで老舗旅館『かまくら屋』の予約を取っていた。

（ナオから帰国するって聞いたのは11月。予約が取れるか不安だったけど、取れてよかった）

　２人で離れていた間のことなどを話すうちに旅館が見えてきた。
　ここの名物は毎年庭園につくられるかまくら。さっそく２人で入ってみる。

「かまくらって意外に寒くないのよね」

　大きさは２人で入るにはちょうど良く、密着感も距離感も悪くない。マリエッタは直之に体を寄せる。彼もマリエッタをそっと受け止めた。半年ぶりの再会なので、２人きりの空間でムードが高まらないはずがない。
　そうしてかまくらの中でイチャイチャと甘い時間を過ごしていると、旅館の人が鍋の注文を聞きに来た。
　寄せ鍋、かに鍋、しゃぶしゃぶ、もつ鍋など。どれもおいしそうで迷ってしまう。マリエッタは直之にも相談してみるが、彼も決めきれずに迷ってしまう。

「『おまかせ』にしてみるのはどうだろう？」

　考えた末に彼からそんな提案が出てきた。
　このままでは２人とも決められないだろうし、老舗旅館の経験と実績に託すのもいいかもしれない。その旨を伝えると『かしこまりました』と言い残し、かまくらから出ていった。
　しばらくして運ばれてきたのは寄せ鍋だった。肉、野菜、海鮮類がたくさん詰め込まれた一品。見た目もさることながら、上品な香りがかまくらの中に満ちていく。

「いただきます」

　２人は期待を胸に箸を伸ばす。そして期待以上の味わいが口の中で弾ける。大量に感じられた具材もあっという間になくなり、シメの雑炊まで堪能した。

「おいしかった」
「そうだね」

　満足そうな表情のマリエッタに直之がほほ笑む。少し休憩してから２人は温泉に向かった。
　温泉は露天風呂で開放的だった。混浴ではないのでマリエッタと直之はそれぞれの湯へ。しかし壁が薄いので互いの声は聞こえた。２人とも壁に近づいて鍋の感想やこの後のことを話し合う。

（染みるような熱さが心地いい……）

　マリエッタはすっかり湯船に浸かって寛いでいた。

「ぁふぅ……気持ちいい」

　不意に艶っぽい声が出てしまい、思わず口を押さえる。直之にも聞かれていたようで、声色に困惑が窺える。

「お、温泉から出たら、アイスでも食べよう」

　気の利いた言葉も出てこず、とりあえず思いついたことを話して場を誤魔化す。少し恥ずかしい思いはしたけれど、楽しい時間を過ごした。

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