鍋、かまくら、温泉。｜リアクション

鍋、かまくら、温泉。

◆変わるもの、変わらないもの

　桜井ラッセルは風の精晴月とともに駅で海道千里を待っていた。千里の姿を見つけるとラッセルはすぐに駆け寄った。

「海道！」
「……」
「じゃなくて、千」
「おう！」

　愛称で呼ばれて不満顔から一気にニコニコになる千里。

「よく寝子島にきてくれるよなーっ♪」
「ラッセルがいるからだろ。通ううちにダチもできたしついでにな」
「へいへい」

　ラッセルはまるで昔に戻ったようで嬉しかった。晴月は上着を羽織ったまま、ラッセルの後ろに隠れるように千里の様子を窺っている。

「晴月、紹介するな。友達の海道千里だ」
「よろしく」
「んでこっちは晴月。えっと……」

　そこまで話したところで晴月をなんと説明するべきか言い淀んでしまった。

（風の精っていうわけにもいかねーし、簡単でいっか）

　不思議そうな千里の疑問を埋めるように言葉をつなぐ。

「俺の友達だ」
「へぇ～友達ねぇ」

　千里は晴月とラッセルの顔を交互に見た。小学校・中学校と一緒に過ごした友人に可愛らしい女の子がいるとなれば、邪推もしたくなる。

「……そういうんじゃねーから」

　それを察してラッセルは照れ隠しのつもりで軽く怒ってみせた。

「それじゃ友好のしるしにかまくらで鍋でも囲むか」

　ラッセルは懐からチラシを取り出した。老舗旅館『かまくら屋』がこの冬に打ち出したサービスで、かまくらの中で鍋を食べられるという。さっそく向かった一行は案内されるままにかまくらに入った。

「おお！」

　かまくらという非日常に３人とも気分があがる。さっそく鍋を注文し、運ばれてくるのを待った。

「お待たせしました」

　音と香りでおいしそうなのが伝わってくる。ふたを開けると、さらに香りが広がった。

「いただきます」

　ラッセルが率先して鍋の様子を見守る。

「千、これ煮えてるぞ」
「ありがと」
「晴月、慌てなくても鍋は逃げないから」
「はーい」

　そんな調子で食べ進めるとあっという間に無くなった。全員満足したようで、かまくらの中で胃を休めている。しかしもう１つ、温泉というイベントが残っている。３人はかまくらを出ると温泉へ向かった。

「鍋は美味しかったし露天風呂も楽しみだな。冬景色の中で入るのは初めてだ」
「ラッセル、少し雪が降ってきてるぞ」
「おお！　これは期待できそうだ！」
「そうだね。楽しみだよ」
「晴月もそう思うか……って、まてまて！　晴月はあっち！　女湯な！」
「えー？」
「着付けの時は離れたろ。我儘言わないで楽しんでこいよ」

　不機嫌な顔をみせる晴月。とはいえ男湯に連れていくわけにもいかない。仕方なく男湯にラッセルと千里、女湯に晴月が向かった。

　　　＊　　＊　　＊

　晴月は服を脱いで浴場へ向かう。露天風呂から見える景色は素晴らしかった。降ってきた雪がさらに華やかにしている。けれど、彼女は未だに機嫌を損ねていた。

「あれ、晴月さん？」

　声を掛けられて振り返ると稲積柚春の姿があった。晴月はこれまでの事情を話す。柚春は考える素振りを見せた後、晴月のほうを見た。

「晴月さんも使ってみる？」
「ボディオイル？」
「僕らには色っぽい香りは早いけど、今の魅力を伝えられたらいいよね」

　柚春にも思うところがあるのだろうか。晴月はそれを借りると、期待を胸に露天風呂を後にした。

　　　＊　　＊　　＊

「いいお湯だったなぁ」
「ああ」

　ラッセルと千里は雪の降る露天風呂を満喫して出てきた。そこに少し遅れて晴月が合流した。そのとき、ふわっとりんごの香りが舞う。それが晴月から感じたのは気のせいでは無かった。

「どうしたの？」
「なんでもない」

　ラッセルは色香に気づかないふりをして、来た時と同じように３人で仲良く帰った。

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