鍋、かまくら、温泉。｜リアクション

鍋、かまくら、温泉。

◆期待を胸に

　稲積柚春とウォルター・Bは温泉街を並んで歩く。寝子島では珍しく、この数日で局所的に雪が降り積もったらしい。雪だるまを作ったり雪合戦をしたりと、人々は雪を楽しんでいる。そのなかをチラシ片手に歩みを進める。

「ここで温泉とお鍋が楽しめるんだね」

　チラシには『鍋、かまくら、温泉』の文字が躍る。
　老舗旅館『かまくら屋』の打ち出したサービスで、評判もいいようだ。楽しみを募らせながら歩いていると旅館に到着した。

「ここまで来るのに少し冷えたし、先に温泉はどう？」

　お茶菓子程度を軽く食べるのはいいけれど、お腹がいっぱいになったら入浴するのもよくない。せっかくの楽しい時間が減ってしまう。

「それに、鍋で温まるものを食べたら、雪で冷やした日本酒なんてのがほしくならない？」

　ウォルターは想像しているのか、少し視線を上に向けている。

「キリッとした口当たりのものなんて合うんじゃないかな」
「いいねぇ」
「じゃあ決まり。お酒を呑むなら先に温泉だね」

　柚春はお酒が吞めないが、それは些細な問題だ。２人は露天風呂の入り口までやってきて、一旦それぞれの湯に分かれた。柚春は脱衣所で着替えながら、ふとこれまでのことを思い出す。

（ワットと温泉には何度か来てる）

　一度目は小窓を開けてお喋り。二度目はお風呂上りにマッサージ。

（三度目はタオル姿でお姫様抱っこをされて……今日は何が起こるかな？）

　そういったハプニングに対して思うのは、ウォルターがどういった感情を抱くのか。

（ワットがドキドキしてくれることがあればいいんだけど）

　近い距離でずっと過ごす今日のような日だからこそ、ハプニングにささやかな期待を寄せる。
　露天風呂は少し冷えた空気に湯気が立ち込め、景色も良好。雰囲気もばっちりだった。彼女はボディオイルを持参してきていた。爽やかなりんごの香りをメインにブレンドしたものだ。これだけでなく、肌や髪のケアも念入りに行おうとしたところ、風の精晴月の姿がみえた。

「あれ、晴月さん？」

　向こうも気づいたようで柚春の方を見た。柚春には葉月が少し不機嫌なように感じた。事情を聞いてみると、桜井ラッセルたちと一緒に来ているようだ。柚春は少し考えてから、晴月のほうを見た。

「晴月さんも使ってみる？」
「ボディオイル？」

　晴月がそれを手に取ってみるとりんごの香りがした。

「僕らには色っぽい香りは早いけど、今の魅力を伝えられたらいいよね」

　柚春なりの気遣いだろう。２人は髪などを洗いながら他愛のない話をして過ごす。

「ありがとう」

　晴月はそう言い残して先に温泉から出ていった。初めに感じた不機嫌な様子はどこにも無かった。柚春も温泉から出るとウォルターと合流する。
　温泉を出た後は予定通り２人でかまくらに入った。外から見るよりも内側は広く感じられる。ここで食べる鍋と、一緒に日本酒を注文する。

（入り口以外は覆われているから、ちょっと寄り添っても大丈夫かな？）

　そう思ってウォルターに体を寄せると、彼の表情が少し変わった。

「どうしたの？」
「いい香りだなぁと思って」

　彼はそこまで言って、顔を赤く染めつつ目線を逸らした。その様子がたまらなく可愛かった。

（ワットは料理が苦手だから、煮詰まらないように注意したり具材の火の通りは見てあげないと）

　運ばれてきた鍋と日本酒を２人で楽しむ。ウォルターは具材を頬張りつつ、時折酒を口に運ぶ。

（ふふ、頬張る姿は可愛くみえるね）

　柚春は酒を呑まなくても、酒を楽しむ彼の姿が見られて嬉しかった。２人で完食すると、来た時と同じように並んで帰った。

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