【サイドクエスト『燃えろ！トラジア闘技大祭』（２）】

　ガーゴイルは自在にその身を硬化する。凛風の刃が通るのは、ガーゴイルが動きを止めない間だけだ。しかしながら翼持つ魔物を空中に捉えるのはなかなかに骨が折れる。
「なるほど、厄介だ。勝ち進むには思ったより苦労させられそうだね」
　愛刀＜小烏丸＞の魔力を帯びた斬撃が迸り魔物を袈裟斬りに払うも、瞬時に石化したガーゴイルは衝撃を受け流してしまう。
　競技種目はモンスター狩り。現在の闘技大祭において、バトルロイヤルを越え最大の人気を誇る見世物だ。挑戦者が次々に闘技場へ投じられる魔物を退けていき、その戦果を競う。より強大、より強力な魔物を倒した者には勝利者の栄誉が与えられた。ことに巨大なモンスターとの決戦は、一大メインイベントとして屈指の盛り上がりを見せるのだ。
　凛風とポラリスのコンビもまた、連続討伐へと挑む。
「……よろしく、ね。＜六華の鍵＞……」
　先のクエストにて、その手に取り戻した。実に馴染む。白銀の銘にふさわしい魔杖であった。
　領域内の敵のダメージを増し凍結へと導く＜極光白夜の銀界＞を広げつつ、杖先から氷塊を放ち凛風を援護する。氷塊がガーゴイルを撃つたびポラリスの周囲には六華の紋を刻まれた氷盾が生まれ、自律して攻撃と防御を行った。
　氷盾が八枚を数えたところで、
「！　ガーゴイルが、凍結した……凛風！」
「ああ、狙い通りだ」
　石化時に斬りつけるのは難しいが、ならば硬化していない間に動きを止めてやればよい。凍結の状態異常を帯びてぴたり動きを止めたガーゴイルの隙を逃さず、凛風の小烏丸が両断した。
　観客の昂揚が空気を震わせ、風となって走り抜ける。見目麗しいふたりの戦いは、彼らの興味を惹きつけて止まないらしい。
「次が……来る！」
「うん、油断せずにいこう」
　間髪入れず現れたリザードマンの群れはあっさりと撃退し、続くスケルトンキング率いる一団を地に還す。アックスビークの俊敏にはいささか手を焼いたが、やはりポラリスの銀界がもたらす凍結で隙をこじあけ、凛風の一閃が勝負を決めた。そのたび、歓声と怒声の入り交じった叫びが客席から響き渡る。ふたりの名を呼ぶ者も現れた。
　波状を成して幾度も訪れるモンスターたちを退けてゆく。時に危なげなく華麗に、時に苦闘を演じながら、どんな魔物もコンビネーションをもって叩き伏せた。
　やがて、気が付けば最後の相手を迎え撃つのみとなっていた。
「これは、ゴーレムか」
「大きい……！」
　これまでの比ではない。小山かちょっとしたビルほどもあろうか。言わずと知れた人造生物。いわば魔法によって動くロボットだ。
　巨碗が軋みを上げて振り下ろされると、その破壊力は石造りの床を容易く砕いた。打撃は衝撃波を伴って、身をかわした凛風へと襲いかかる。
「く……！」
　かすめた程度でもダメージは決して小さくない。これまでの相手とは少々勝手が異なるようだ。
「……援護する！」
　ポラリスは氷塊を放ち、同時に氷盾を重ねていく。盾はそれ自体を消費することでポラリスの持つ大技のトリガーともなる。しかし、ゴーレムが地を叩けば走り抜ける衝撃波によって剥がされ、蓄積は一進一退というところだ。
　ゴーレムは主に無機物から製造されるが、触媒となった物体により性質はさまざまだ。砂から造られれば脆いが柔軟に形を変えることもでき、鉄塊ならば鈍いが堅牢となる。目の前の個体はどうやら、強固な鉱物の一種から造られているようだ。
「固く、強いな。このままでは小烏丸が通らない……、っ！！」
「凛風！！」
　豪腕を正面から受け、凛風は吹き飛びコロセウム外周の壁へと叩きつけられた。ポラリスは手を止めないままにちらと確かめるが、女若武者の凛々しい立ち姿は見えない。
　前衛を常に務める凛風からポラリスへと狙いが移ったことで、ゴーレムの攻撃は一極集中し苛烈を増した。
「く……」
　氷塊を連射し、生ずる氷盾で拳の直撃を阻む。避けられる攻撃はどうにか避けるが、巨体に反してゴーレムの反応は決して鈍くない。
　じわじわと、押し込まれてゆく。
「白銀の、銘は……」
　杖を振るう。浮かび上がる氷の六片が、ポラリスに膝を突くことを許さなかった。
「まだ……消えない！！」


　氷塊の連射がゴーレムを上回り、織り束ねた氷の盾が七枚を超えたところで、こじあけた隙に渾身の反攻を叩き込む。
「＜評決の刻＞！！」
　盾を放ち、旋回させ、ゴーレムを包み囲む。その中央へ爆発的な魔力とともに炸裂した氷気が、透きとおる結晶を作り上げた。
　結晶は砕け散り、輝きながら広がる氷霧が晴れた時、そこにあるのはゴーレムの氷像ひとつ。連ねた氷盾の魔力を集中することで、瞬時に極大のダメージと凍結をもたらす、ポラリス最大の魔法だった。
「……さすがだね。さすがポラリス。僕のパートナー」
「凛……風？」
　ゴーレムを氷結に導いたが、ポラリスにそれを仕留め切る力は残されていなかった。
　立ち上がった凛風が、それを引き受けるつもりだ……しかし彼女は、先ほどまでの姿を大きく、劇的に違えていた。
「＜桜花爛漫＞。窮地にあってこそ発現する、僕の本当の姿だよ。君にだけ……見せるつもりだったけれど」
　見守る観客の合間から、ほうと感嘆の息が漏れ聞こえる。激しいバトルのさなか、しかし闘技場は水を打ったような沈黙に包まれていた。
　艶やかな黒髪は桜色へと変わり、小鳥めいて舞い散る桜の花弁が、刃を形作る。英雄、凛風は千年の昔、人の姿として受肉した桜の樹霊なのだ。
「……きれい」
　艶やかに笑み、連ね花の刃を一振り。ゆるい風が走り抜けると、巨大な氷像は一刀両断。滑り落ち砕けてその身を戦神へと捧げた。
　一連の流麗な光景を、ポラリスは言葉を呑み見守った。



「聖なる器は満たされた。見よ！　サイフォーンの愉悦が祭壇を、我らを輝かせるのだ」
　三角帽子の言葉どおりに、祭壇からは赤く激しい輝きが立ち上り、天へと伸びてゆく。闘技に挑んだ勇士たちの奮闘は、戦神を大いに喜ばせたらしい。
　中でも最も激しく鮮烈な光をもたらしたポラリスと凛風には、うなるほどの報奨金と、戦神の偶像が描かれた＜サイフォーンのアミュレット＞が贈られた。特別な効果のある品ではないが、武を重んじるコーフィルにおいて、アミュレットが示す威光はあらゆる局面で輝くことだろう。
「凛風……ほんとうの姿。とても、きれいだった」
「君こそ。氷雪纏う六華の魔女は、たまらなく可憐だよ」
　凛風の唇が恋人の頬へ寄せられると、ポラリスが朱に染まると同時、轟雷のごとき拍手と歓声が降り注ぎ、祝福のラッパはいつまでも鳴りやまなかった。