【サイドクエスト『アクアリエスの旅』（１）】

　本日の実況配信は、純白の雲が浮かぶ青空と、宝石めいて鮮やかなターコイズブルーの海間から。
「みんなおはよ～！　それじゃ、今日は『LSC』やっていくよ～」
　レイン（プレイヤー：鮫島 裕也）の太陽のように朗らかな笑みへ画面が移ると、視聴者たちのコメントが雪崩を打って届き始める。
　裕也がバーチャルmewtuber・悠華として活動し始めてしばらく経った。もともと性別を違えていわゆるネカマプレイにいそしんでいたから、ゲーム実況配信というステージへもスムーズに移行することができた。おかげでファンも順調に増えている。
　『LIQUID』の配信も何度目のことだったか。近頃流行りのＶＲゲームは視聴者の食い付きもよく、ありがたいことだ。
「アップデートで、期間限定クエストが追加されたんだよね。というわけで、サイドクエスト『アクアリエスの旅』をやっていくよ～！　未プレイの人は、ネタバレ注意だよ！」
　ボイスチェンジャーで見事に変換されたレインの声はころころと鈴鳴るようで、夏めく青い海をさわやかに演出した。
　『アクアリエスの旅』。アクアリエスとはサイディア王国のとある旅行社が運航する、高級クルーズ船である。港町フィズーから南方のコルカへ、ゲーム内時間にして三泊四日の船旅を満喫するバカンスクエストだ。日々過酷なクエストをこなす冒険者たちに、心づくしのもてなしで気分転換してもらおうとでもいうのか、豪華客船には歌劇場やカジノ、プールなどゴージャスな船内施設が満載である。さらには船旅を終えリフレッシュすると、一週間程度の長時間継続するバフが付与されるそうだ。
　期間限定ということもあり、クルーズ船は客として乗り込んだ冒険者たちで大いに賑わっていた。
「さーて、まずはどこから行こうかな？　船の中は広いから、迷っちゃいそうだね～」
「あ、いたいた！」
「悠華ちゃん、配信お疲れさま！」
　手を振りやってきた冒険者たちは、悠華のチャンネルの視聴者らしい。ちょうど同乗していたようで、あっという間にレインの周囲には人だかりができた。
「私たちもちょうどいっしょに乗ってて」
「良かったら、パーティ組みませんか！」
「あ、いいね～♪　組もう組もう！」
　十数名の即席パーティができ上がった。今日もまた賑やかな配信となりそうである。



　クルーズ船アクアリエスは、建物であれば四階建て、全長２００メートルという巨大な客船である。各所に魔法の技術なども使用されているとかで、航行の揺れは少なく快適、かつ堅牢で安全との触れ込みだ。
「今回はゆっくりできそうですね、ケイさん」
「そうだね。壮大な冒険の旅もいいけれど、たまには船旅もいいものだね」
　アヤカ（プレイヤー：綾辻 綾花）とケイ（プレイヤー：早川 珪）の姿もまた船上にあった。
「まずは食事にでも行きましょうか」
「うん。実際に食べられないのが残念だけど」
「ＶＲって、たまにそういうところ、混乱しちゃいますよね」
「ははは、リアルすぎるのも考え物だね」
　船内施設を眺めつつデッキを歩く。プールでは水着アバターを着用した冒険者たちがきゃっきゃと水遊びを楽しんでいる。遠く漏れ聞こえてくる歌は、歌劇場で上演されているオペラだろう。
　ふたりも今日ばかりはローブや鎧を脱ぎ、ドレスにタキシードでドレスアップ。ケイの実に自然なエスコートに導かれ、メインダイニングへ。
「わぁ……」
「すごいな。こんなに豪華だとは」
　内装の格調高い意匠はまばゆいばかり。整然と並ぶテーブルはシルクのクロスに覆われ、銀のカトラリーがこれまた目にまぶしいほど輝いている。窓の外にはどこまでも青く鮮烈な海。
　卓に着くとすぐさま前菜が運ばれ、湯気の立つスープに魚料理、メインディッシュの肉料理と続く。フレンチのフルコースに着想を得ているようだが、時おり見たことも無い食材が出てくるあたり、ファンタジーらしく面白い。
　永続的にパラメータがアップするお得な食事を済ませると、再びデッキへ。日の光を浴びながら、ふたり並んで海を眺める。
「はぁ。癒されます～」
「さすが豪華客船だね」
　ゲームの中のバーチャルリアリティと分かってはいても、あまりに精細な海面の揺れや白い波、透きとおる青に心癒される。
　波のさんざめきに誘われて、気づけばアヤカはケイの肩へと寄り添っていた。触れ合った手と手はたがいに少しためらってから、控え目に繋がれる。
（ゲームだし、このくらいはいいかな……？）
　ケイの横顔を覗き見る。穏やかに笑む彼は拒むこともなく、しばしそうして、ゆるやかな風に吹かれながらデッキの眺望を楽しんだ。



　ソフィア（プレイヤー：月原 想花）は才媛である。多岐に渡る魔法を修め、科学にも通じ、類まれな知識と知見を見い出され、サイディア王立魔法アカデミーにて教鞭を振るう教授にして冒険者でもある。激務である。頭脳は回転しどおし、身体だって休まる隙がない。西に興味深い遺跡があれば発掘調査へ向かい、東に危険なモンスターがあれば杖を携え討伐へ。実に多忙であった。
　というソフィアの設定はさておくとしても、そこへ自身を重ねる想花もまた、心乱れ疲労の蓄積する日々が続いた。
　想い人の失踪。封じていた過去の再びの湧出。
　そんなものから逃れることができるなら、一時でも心の平穏を保つことができるなら、現実逃避もいいではないか。
「ふう。気持ちいい……」
　プールサイドに見事な肢体をさらけだし、人ごこちつく。
（ちょっと恥ずかしいけど……ゲームのキャラクターだと思えば、こんな大胆な水着もありかな）
　冷却効果のあるクールドリンクを含み、プールへ飛び込む。泳ぐとキャラクターのパラメータを鍛えることができる……というのは置いておいて、透明な水を蹴って進み、目に映るあらゆるものが流れゆく映像は想花の心をも洗い流すかのようだ。
　思うさま泳いだら、デッキチェアへ寝そべりひと休み。
　才媛にして美貌の持ち主であるソフィア。開放的なシチュエーション、ことにこんなクルーズ船の上ともなれば、当然のように軟派な手合いが声をかけてくる。
「おねーさん、暇そうッスね！」
「俺らと遊ばない？」
「せっかくのクルーズだし、楽しもうぜ～！」
　纏っているのはイケメンアバターやら英雄キャラの凛々しい顔だが、残念ながら下卑た下心がだだ漏れだ。
「お生憎さま。ほかを当たってちょうだい」
　そっけなく断り、プールをあとにした。
　客室でドレスに着替え、ダイニングで豪華な食事を堪能した後は、カジノを優雅に楽しむ。
「さて。どれで遊ぼうかしら」
　ルーレットにスロット、ポーカーゲームと多様な台が並ぶ。
　といってソフィアは、一発逆転を狙って大きく張るでもなく、少しずつちまちまと賭ける程度だ。ルーレットが回り、スロットリールが並ぶ様そのものを楽しむ。儲けは二の次で、彼女にとってはその何気ないひと時が何よりも心落ち着け、穏やかになだめてくれた。
「バカンスも悪くわね」
　カクテルグラスを手にカードを繰りながら、ソフィアは安穏と微笑んだ。