お祝いはワインと甘い言葉で｜リアクション

お祝いはワインと甘い言葉で

【約束】

「それ、な～に？」
　合流の前、冷蔵コインロッカーに預けていたという荷物を取り出す綾花に、つるぎは尋ねました。綾花はにっこり。
「ワインに合うケーキをと思って、チーズケーキを作ってみたんです。つるぎさんに試食してもらいたくって」
「ありゃま、そりゃありがたいッスなあ～。珪さんの前に味見させてもらえるわけね」
「はい。ぜひ、ワインといっしょに」
　来たる１２月１５日。珪先生の誕生日。綾花にはプランがありました。カンペキに考え抜いたバッチリなプランです。
　つまり当日、彼のアパートへプレゼントとともにチーズケーキを差し入れして、ワインを楽しむほろよい珪先生の眼福を、間近に堪能するのです。感謝と感激に、おのずと高まるムード。ふたりは急接近……なんて、ああ素敵！
「ははあ。なるほどねえ？」
「……いえ、まあ。その、珪先生に喜んでもらえるのが一番ですけど！」
　思わず妄想へふけってしまい、にまにま顔に再び赤面しつつ。
　今度は旧市街の『OLDLYNX』へ向かいます。もはや馴染みとなったお店でゆっくりと、試食をしてもらうつもりです。ついでに店内の豊富な古書たちを物色して掘り出し物を見つけたり、蔵書整理の仕事をお手伝いするのもいいでしょう。その過程で、また珪先生の学生時代のこぼれ話なども耳にできるかもしれません。
「ほんじゃいこっか。あ、途中のコンビニでさ、ワイン買ってくね。最近は安く買えるお酒も案外、馬鹿にできなくてさ」
「はい、もちろん！」
「いやぁ、昼間から飲んじゃうなんて、悪いことするみたいッスなぁ～。なんなら、綾辻ちゃんも飲んじゃう？」
「……僕の生徒に、なにを飲ませようって？　つるぎちゃん」
　ふたりして、がば！　振り向きました。
「今日はふたりでデートかい？　楽しそうだね」
「け、珪先生……！」
　ほかならぬ、綾花の想い人。プレゼントを贈るその人、珪先生ではありませんか。
「あらら、珪さん。あっはっは、綾辻ちゃんに飲ませようなんて冗談、冗談ッスよー」
「本当かなぁ。つるぎちゃん、親父さんに付き合って学生時代から飲んでたろ。綾辻さん、真似しちゃダメだよ」
「冗談ッスって！」
　あははと笑いながらも、今しがた購入してきたプレゼントを後ろ手に隠します。プレゼントはやっぱり、サプライズが大事！　今はまだ知られたくないのです。
　という今日に限ってなんだか目ざとく、珪先生は言いました。
「ふたりで買い物でも行ってきたの？　なにを買ったんだい」
「え、あ。ええと……その」
「綾辻ちゃんがねえ、わたしにランチをご馳走してくれたんッスよ！　ね、綾辻ちゃん」
　とっさのつるぎの助け舟。ぱちん、とこっそりウィンクに、綾花はほっ。これからお手製ケーキをいただくわけで、あながち嘘というわけでもありませんし。
「へえ、なにを食べたんだい？　僕も好きそうな店かな」
「あ、えー。うん。そうッスなぁ……」
「あの、珪先生？」
　今度はしどろもどろなつるぎへ、綾花が割って入ります。まあふたりしてあんまり、嘘は得意じゃないのでした。
「珪先生は１２月１５日、なにか予定ってありますか？」
「１５日かい？　いや、特になにも……って、ああ」
　彼もいまひとつ朴念仁とはいえ、そこまで鈍感でもありません。１５日がなんの日で、どういう理由で尋ねた綾花の問いであるか、察したことでしょう。
　少しの間を置いて、彼はやわらかく微笑んで、
「うん。特に予定はないよ」
「じゃあ、あの。珪先生のアパートへ行っても、いいですか。渡したいものが、あるので……」
「うん……分かったよ。待ってる」
　唐突に顔を合わせて嬉しくも、少々焦ってしまいました。けれどうまく約束を取り付けることができて、綾花は胸をなでおろし、つるぎはぐっとサムズアップ！
　珪先生と別れて歩き出した綾花の足取りは、その日を思い、ぽうんと弾みました。

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