ラビリンス・オブ・オンセン｜リアクション

ラビリンス・オブ・オンセン

「ふっつーに入りたかったっ！」
　わめき声を上げるのは桜井ラッセル。
「泡流して倒すって何だ！　小学生かよ！」
「まあまあ、言っても始まらないだろ」
　不服そうなラッセルをなだめるのは海道千里。
　ラッセルの幼なじみであり、親友である。
　
　ラッセルは大浴場が苦手だ。
　彼の特徴である豪華な金髪、それにすきとおったブルーの瞳は、否応なしに人目をひいた。
　日本の銭湯では、彼の白い肌もすばらしく際立つ。
　だが、それは彼のナイーブな精神を刺激した。
　演劇などで、自分から仕組んで他人に楽しんで貰うために目立つのは構わないし、大歓迎なのだが、意図せざる形で、揶揄混じりの注目を集めるのは嫌だった。
　高校になっても、その考え方は直らなかった。

「今日だって、わざわざ桜花寮の、人がいない時間を狙って入っているのに……」
　何が悲しくて、半裸でモンスターと戦わなければならないのか。
「気にするな。せっかくだから、一緒にやっつけようぜ」
　ダンジョンで偶然出逢った海道が笑いかける。
　海道は、ラッセルにとって兄貴のような存在だ。
　時に内気になるラッセルを元気づけてくれた。
　今回、苦手なお風呂のダンジョンでも、彼に出逢えたのは幸いだった。

　それでも。
（俺はろっこんのカナリアで逃げられるけど……）
「って、鍵！」
　ロッカーキーがなければ、衣服は手に入らない。
　結局ダンジョンを攻略するほか、ここから逃れるすべはない。
　
「プルプルプルー！」
「来たぞ！」

　突如襲いかかるアワワスライム。

　無言のままに、互いの獲物をとって、構える。

「どっちが活躍できるか勝負しようぜ！」
　海道がラッセルに叫んだ。

「いいけど……」
　ノリのよすぎる海道に答える。

　ラッセルはお湯鉄砲。
　海道はオケットランチャー。

　近距離から中距離を制圧していく作戦だ。

　海道が勢いよく、水弾を発射する。
　流線型を描いて、弾がスライムの群れに着弾する。
「一撃必殺はロマンだろ！」

　ラッセルは群れに飛び込んで、海道の捌ききれなかった泡を処理していく。

「次から次に来るぞ！」

　息つく間もない敵の攻撃。

（千……楽しそうだな……）

　ラッセルは滑る床を確認しつつ走る。

（楽しそうならいいか……）

（でもなんか、昔に戻ったみたいだな……）

　小さい頃、銭湯で湯を掛け合って遊んだ記憶。
　あのときも、海道と一緒だった。
　たしか、銭湯の苦手なラッセルを、ふざけて紛らわせてくれたんだった。

（つーか、今日も、紛らわせてくれた？）

　ガサツで大雑把と取られがちだが、実は繊細で友達思いな海道。
　その優しさは、ラッセルが一番よく知っていた。

「――って、数が多いな！」

　海道が悲鳴を上げる。
　こちらが敵を倒したのに気づいたか、四方八方から敵が襲いかかってくる。

「ひいいいいいいい！！　寒っ！」
　
　泡まみれのアワワゴーストに冷気を吹きかけられ、悲鳴を上げるラッセル。

「はっはっは！　まだまだ敵がくるぞ！」

　テンションの上がる海道。

「わああ！　ペンギン、好きなのに！　好きなペンギンさえ憎い！」

　泡のスライム、泡まみれのゴブリンなど、際限なく敵が湧いてくる。

　このままでは敵の群れに押しつぶされてしまう……。