ラビリンス・オブ・オンセン｜リアクション

ラビリンス・オブ・オンセン

　二人目の女性――稲積柚春。

　彼女はその時、自宅のバスルームで、アロマオイルの選択をしていた。

（今日の入浴剤はフランキンセンスとパルマローザの精油を使った乾燥肌対策の……）

　アロマオイルを湯船に張ると、エバーグリーンと、薔薇の華やかな匂いが香り立つ。
　気持ちがほぐれていくのが感じられる。
　
　ボーイッシュな外見と裏腹に、繊細な感受性を持つ彼女。
　バスボムを自作したりもする。
　アロマオイルの香りを楽しむのも、密かな趣味の一つ。
　溶剤をかき混ぜると、渾然とした液体が一つに固まる。
　不思議な匂いの調和が生まれるのが、とても楽しかった。
　
　最近はいろいろあって、自分に関して考える機会も増えた。
　もっと、自分を演出する匂いを考えてみたい。
　もっと、自分をきわだたせる匂いを考えてみたい。
　――もっと、彼とそばにいられる時を安らぐものにできる匂いを考えてみたい。
　
　そんなことを考えていると――。

（……あれ？　なんか浴槽が広い）
　
　不審な状態に気づき、バスタブから出る。

（ここ、どこ？）

　タオルで全身を包み、注意しながら歩き始める。
　何かしら、おかしな事態に巻き込まれたみたい。
　好奇心を発揮し、奥に向かって歩き始める。

（なんか、他の人の家のお風呂みたい……）

　見知らぬ浴場らしき場所を目にする。
　
（他の人のお風呂……ワットのお家のお風呂も広いんだろうな……）

　なんとはなしに、柚春は彼のことを考える。
　自然と、彼のことを考えてしまいがちなのだ。
　
　ウォルター・B。
　寝子高の講師にして、彼女の思い人。
　先日告白し、彼もその思いを受け入れてくれた。
　無論まだ立場上、交際に注意を払わなければならないが、将来を二人で歩むという夢を、共有している。
　
　そんなわけで、柚春は知りそめし恋の情熱に身内が自然と高揚し、何を見ても彼のことを考えてしまう状態なのだ。
　
「寛いでいたら――気づかず迷い込んでいるかも」

　ふふっと、そんな埒もない想像に耽る。
　
「同じお風呂から上がった香りも素敵だな――なんて」

　自然に顔が赤らんでいく。
　
「会えたら、どんな顔するだろ？」

　もはや彼女の想像は広がりまくりである。
　
　当然、足下に広がる浴槽の存在にも気づかない。
　
　その浴槽のブッ飛ぶ先が、寝子島には珍しい英国風のサウナの浴室であることも。
　そこで休息を楽しむ、一人の英国人の若者の存在も。
　
　当然、彼女は気づかない。
　
　運命は恋人達に受難を与えるものなのだ。柚春嬢とウォルター氏の時ならぬ邂逅に幸福のあらんことを。
　　

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