ハッピーバースデー！　１１月☆｜リアクション

ハッピーバースデー！　１１月☆

　　　11月２日　水曜日・その二

　寝子島高校普通科・三年三組担任兼英語担当ウォルター・Bは、その日、いつも通りに授業を終え、顧問をしている華道部と射撃部に顔を出し、残った仕事を全て終えて学校を出た。
　明日は一日、予定がある。仕事を家に持ち帰るわけにはいかない。
　校門を出てすぐ、声をかけられた。
「あの！　ウォルターさん！」
　倉前七瀬が緊張した面持ちで近づいてくる。
　ウォルターはにっこり微笑み、やあ、と片手を挙げた。
「こんなところにいないで、職員室に来ればよかったのに」
「卒業してしまうと、敷居が高うて」
　七瀬はウォルターの元教え子で、今は大学に通っている。門の中に視線を向け、
「不思議やなあ。一年も経っとらんのに、何だか随分と昔んごた」
と呟いた。
「それが時の流れというものなんだろうねぇ」
　ウォルターは、かつての教え子の様子に目を細める。それは七瀬が、少しずつ大人になっているという証拠だ。
「それで、僕に何か用かい？」
「はい、あの」
　振り返った七瀬は躊躇いがちに、
「少しだけ僕に、ウォルターさんの時間ばください」
と言った。
「ああ、いいよ」
　ウォルターは屈託なく頷く。
「あの、ウ、ウォルターさんは、ハーフバースデーばご存知ですか？」
「うん。もちろん」
「僕はこの前新しく買った辞書で、そん存在ば知りまして……。いや、正確には前から知っとったとですが、てっきり生後半年の赤ちゃんをお祝いするものとばかり。やけど、その辞書によるとどうも海外だとお祝い対象は赤ちゃんに限った話じゃないとか。となるとつまり、ウォルターさんは明日がハーフバースデーですよね？　知ってしまったからには、お祝いせんといかんと思って来てしまいました」
　立て板に水の如く喋る七瀬を前に、ウォルターはぽかんとしていた。その反応に気づき、七瀬は慌てて口を噤む。
　ただ会いたいがための口実だと、ウォルターは気付いただろうか。
　何しろ、「ハーフバースデー」をかなり曲解してしまっているのだから。
　日本でのハーフバースデーは、生後半年の赤ちゃんをお祝いするものだが、本来、夏休みなどの長期休暇で祝えない子供のために行うイベントだ。
　本場イギリスの生まれである彼が、知らないはずがない。
　そう思ったら最後、恥ずかしさのあまり顔から火が出そうだった。
「ありがとう」
　俯いていた七瀬の両目が、ぱちくりと瞬く。恐る恐る顔を上げると、ウォルターはふんわりとした優しい笑みを浮かべていた。
「嬉しいよ」
「ほ、ほんなこつ……」
「誕生日を祝ってもらって嬉しくない人なんて、いる？」
「そ、それやったら……」
　七瀬はカバンから小さな袋を取り出した。
「これ、受け取ってもらえますか？」
「これは？」
「グリーンジルコンをば使うたブレスレットです」
　するとウォルターは戸惑った表情になった。
「あまり高価なものは」
　七瀬はまだ、大学生だ。卒業したとはいえ、元生徒からそんなものを受け取るわけにはいかない。
「高価じゃなかとです」
　ウォルターがそう言うのは分かっていたから、値段は極力抑えた。
「友達が友達にあげるようなもんです」
　そう答えると、それなら、とウォルターは袋をポケットにしまった。
「ありがたく貰うね」
「いいえ」
　七瀬はかぶりを振った。
　グリーンジルコン。ダイヤモンドの代用品としても使われてきた、非常に美しい石だ。苦しみを和らげ、過去を捨てて新しく生きることを応援してくれる。
　ウォルターにぴったりな誕生石だと思った。
　自分が彼に相応しいかは分からないけれど。
　それでも。
「ウォルターさん、誕生日おめでとうございます」

　――この人の、そばにいたい。

　その気持ちを込めて。

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