お寿司屋さんへ行こう｜リアクション

お寿司屋さんへ行こう

　chapter.4　よくばり

　参考書を買ったから、勉強は全部それでやればいい？
　そんなことはない。学ぶ道筋は多い方が、しっかりと吸収できるのだ。
　稲積柚春は、ウォルター・Bの家を切り盛りしているメイド・メアリから貰った彼の好物レシピを鞄に忍ばせながらそんなことを考えていた。
　たしかにこれがあれば、好きな食べ物が何かはわかるだろう。
　でも、やっぱり彼の胃袋を掴むためには自分でも調査しないといけない。そんな気がした。
「ウォルターさん、こういう店はよく来る？」
「学生の頃来たことがあったかなぁ。久しぶりに来たね」
　ふたりは回転寿司のテーブルに座って、注文したネタが来るまでの間雑談をしていた。
　柚春が調査の場所にここをチョイスしたのには、理由があった。ここなら意外とお寿司以外のメニューも多いので、彼の好みを知る参考になるかもと思ったのだ。それと、料亭とかの高級店は高校生が行くにはハードルが高すぎるのもある。気持ち的にも、金銭的にも。
「そういえば、このチェーン店ね。観光客向けの大きい店もあるみたい」
「へぇ？　そうなんだ。それは知らなかったなぁ」
「縁日みたいなスペースがあって、日本を気軽に楽しんでもらうコンセプトだって」
「見てみたいねぇ。稲積が案内してくれるのかなぁ？」
「えっ行ってくれるの！？」
　タッチパネルを操作していた柚春は反射的にウォルターの方を見る。彼の瞳は悪戯色に光っていた。
「……からかった？」
「さぁ、どうだろうねぇ。ほら。頼んでたものが来たよ」
　すっとレーンからお皿を取って、柚春の前に置く。いつも気がつけば主導権を掴まれているこの感じが、もどかしくて、歯痒くて、ちょっとだけ悔しくて、でも悪い気はしなかった。

　程よく空の皿がテーブルに積まれたあたりで、柚春はウォルターと一緒にスマホの画面を見ていた。　
　先ほど話題に出た観光客向けの店舗、それを紹介した動画があったのだ。
「提灯が並んでて、派手だねぇ」
「これも和風、ってことでいいのかな？」
　動画に写っていた映像では、虹色の提灯がずらりと入り口に飾られていた。その横にはこれまたカラフルな色使いで、welcome!と筆記体の文字がでかでかと客を迎えている。わびさびのわの字もないが、若者向けの街にある店舗ということも影響しているのだろう。
　今時の観光客には、むしろこういうのが喜ばれるのかもしれない。
　動画では、店内紹介のあとにお寿司の食べ方や調味料の使い方、箸の持ち方まで解説されていた。
「綺麗なお箸の持ち方とか、日本人には馴染みがありすぎることでも、まだまだ知らない人はいっぱいいるわけだしこういうのも大事だね」
「たしかにねぇ。せっかく食事をするならマナーは守りたいなぁ」
　そんな話をしながら、いつかここへ一緒に行けたらいいな、と密かな願望を柚春は抱くのだった。

　お腹も膨れ、店内も混んできたのでふたりは店を出ることにした。
　彼の好みをできるだけ知ろうと計画していた柚春だったが、思いの外彼が満遍なくいろいろなネタを食べたので「魚は概ね好き」というふんわりした調査結果が得られただけだった。
　……でもまあ、美味しそうに食べている顔を見ることができただけでもいいかな。
　できることなら、僕の作った料理でまたその顔が見たいな、と思う。
「お腹いっぱいだね」
「しばらくお寿司を食べなくても過ごせるくらい食べたねぇ」
「じゃあ、お寿司以外で何か作ろうかな」
　いろんなものを作ってあげたいし、食べてもらいたいし、おいしいって言ってもらいたい。
　一体いつから、こんなに欲張りになったんだろう？
　彼といると、言いたいことも聞いてほしいことも、したいこともしてほしいこともどんどん出てくる。
　ワットはこんな性格だから、きっとある程度のわがままを言っても流してくれたり、時には聞いてくれたりするかもしれない。でもこのままエスカレートしていって、果てに自分も知らないくらいわがままな自分が出てきてしまったらどうしよう？
「……ねえ、ワット」
「うん？」
　静かに、ウォルターを呼ぶ。
「よくばりって悪いことかな？」
「それは稲積の話？」
　ウォルターの問いに、柚春は沈黙で答えた。少しの間が空いた後、ウォルターが言う。
「いいんじゃない？」
　彼の方を見る。今日2回目の、悪戯な瞳だ。
「そこまでほしいものがあるなら、欲くらい出さないとねぇ」
　またそんなことを言って。
　柚春はわざと、横を歩くウォルターの指を軽く手で掴んだ。
　特に離すでも距離を空けるでもなく、彼はただそのままを受け入れる。
　そうしてふたりは、暗くなった道を歩いていった。

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