冷たい風が背中を押す｜リアクション

冷たい風が背中を押す

　放課後、綾辻綾花は図書委員として図書室にいた。廃棄する書籍をまとめて運んだ影響で頬が少し赤らんでいる。
　司書教諭の早川珪は受付にいて生徒の相手をしていた。スーツの中に着込んだワイシャツの上部のボタンが外されて鎖骨の一部が見えていた。
　綾花は状態を察して中庭に面した窓を少し開けた。
　――空気の入れ替えにもなります。
　微笑みを浮かべて書架に向かう。寄贈された本を手にして相応しい位置に手早く収めていく。上段には踏み台を使って黙々とこなしていった。
　その姿を一人の女子が遠巻きに見ている。手持ちの本を入れ終わると小走りで声を掛けてきた。
「あの、予約した本は入ったでしょうか」
「タイトルを教えて貰えますか」
「シリーズ物で『この世に残された最後の一輪』の三巻なのですが」
「少し待っていてください」
　綾花は迷いのない足取りで奥の棚を当たった。中程を見て笑顔で一冊を取り出した。
「ありました」
「ありがとうございます」
　受け取った女子はぺこりと頭を下げると受付へ駆け出した。
「あとは」
　床の綿埃を目にした綾花は清掃用具を入れたロッカーに向かった。

　図書室に西日が射し込み、全体を鮮やかな果実の色に染め上げた。
　綾花は受付に目をやる。生徒の出入りが途絶えたこともあって珪は右手で文庫本を開いていた。寒さを感じているのか。左手で右の甲を摩っている。
　――開けた窓のせいでしょうか。
　綾花は窓に行かず、受付へ向かった。珪の後ろに回り込んで背中に熱い視線を注ぐ。
「珪先生、寒いですか？」
「夕方になって少し冷えてきたみたいだ。綾辻さんこそ、身体は大丈夫なのか？」
　文庫本に目を落とした状態で聞き返す。綾花は微笑みながら唇を僅かに開いて熱い息を吐いた。
「二人で温かくなる方法があるのですが、試してもいいですか？」
「そのような方法があるなら、お願いしようか」
「……わかりました」
　綾花は迫り出した胸を珪の背中に押し当てる。相手を搦め捕るように両腕を腰に回した。
「どうですか。温かくなりました？」
「どうだろう」
　珪は文庫本を閉じた。回された腕を軽く掴む。
「今日は寒くて先生の温もりに触れていたい気分です。ダメですか？」
「確かに冷える」
　珪は掴んでいた手を滑らせて綾花の手に添える。
「珪先生の手、温かいです」
「僕も温かい」
　言いながら珪はゆっくりと上体を捩じる。顔を赤らめた綾花は耳に唇を寄せた。
「後ろは振り向かないでください。あと、これは私のわがままになるのですが、この状態でいさせて欲しいです。急に温もりを失うのは、とても悲しく思えて……」
「わかった」
　珪の耳がほんのりと色付いた。
　――夕陽によるものかもしれませんが。
　腰に回していた腕を強める。背中に押し付けた胸はひしゃげた。
　――私の鼓動の早さがわかりますか。こんなにドキドキして胸から愛が溢れています。
　珪先生、大好きです。これからも、ずっと。