【お三夜】猫と人とあやかしと、三つの世界が交わる夜｜リアクション

【お三夜】猫と人とあやかしと、三つの世界が交わる夜

●SideB：霊界：母蜘蛛＜１＞

　一行はラッセルが言った二百メートルを信じて駆ける。
　シオはハルキに支えられて。
　繭に長く閉じ込められていた想花はダメージが大きく朦朧としているので、道哉がおぶって。
　走りながら瑠樹はちらりと振り返った。
　一時、瑠樹のろっこんで動きが鈍っていた子蜘蛛達がまたワサワサと動き出した。
「追ってくるよぅ」
　背後の鳥居の道が、青黒い蠢きで埋め尽くされてゆく。
　蠢きはすぐ背後まで迫ってくる。
「う、うわああ」
　そのとき蠢きの向こうで、ドゥルン、とエンジン音がうなりをあげた。
　一筋の光線が、蠢きを割る。
　子蜘蛛が蹴散らされる。
　抜けてくる一台のバイク。
　皆の前で車体を止めヘルメットを取ったのは――八神修だ！
「遅くなった」
　修はバットに布を巻き付け灯油を浸したたいまつを持っていた。
　腰ポーチの中には、整髪料缶と着火マン、ナイフが入っている。
　修はこれらの道具を取りにいっていたのだ。
　そのとき前方から「いたぞ！」と声があがった。

　鳥居の道は、そこで途切れていた。
　黒々とした森がある。
　きらりきらりと枝をつなぐように光る白い糸。
　よく見ればそれは、そこかしこに張り巡らされていて、とろりと滴を垂らしている。
　その奥に禍々しく。
　青い渦のような瞳が八つ、光っていた。
　二つは大きく。
　残りの目は、その周りを取り巻く宝石のようだ。
　八つの瞳の背後には、こんもりと山のような蜘蛛の体があった。
　その大きさは見上げるほど――二階建ての家ほどもある。
「あれが、母蜘蛛」
　先陣を切って宙を蹴り、母蜘蛛に躍りかかったのはサキリ・デイジーカッターだ。
「こういうのが僕の仕事だ」
　愛刀ダマスカスブレードとマチェットの金属の朱い輝きが二筋、闇の中で交差する。
　狙われた母蜘蛛は、刃が届く前にサキリに向かって糸を吐いた。
（糸には要注意だ。あの糸を刃で受けてはいけない。巻き取られる）
　サキリは刃を返して、瞬時に空間を切り裂くイメージを作る。
　糸がサキリを捕える、と思った瞬間、サキリの姿が消える。
　別の枝の上に現れたサキリは、一瞬あとにはまた別の枝の上へと逃れる。
　＜斬空赤刃＞による高速連続転移を駆使した回避と攪乱は、サキリの十八番だ。

　瑠樹がラピちゃんを見て、母蜘蛛にも＜ゆるゆる和みと恩恵の輪＞を仕掛ける。
「おおきいおおきい母蜘蛛さんも、たっぷり和んでほしいねぇ……！」
　だが、母蜘蛛がその巨体の中に抱える負の想いが強すぎたのか、母蜘蛛の動きは変わらなかった。
「あれぇ、子蜘蛛には効いたのになあ」
「無理するな。後ろからくる子蜘蛛のほうを頼むよ」
　道哉が瑠樹の肩を叩く。
「う、うん」
　瑠樹は振り向く。ラピちゃんを見て和むと、やっぱり子蜘蛛達の動きは鈍る。
　後ろからの攻撃を和らげられるだけでもかなり仲間を助けることが出来そうだ。
「頑張るよぉ」

　修が皆に注意を促す。
「糸をよく見るんだ！　蜘蛛の巣には縦糸と横糸がある。横糸は粘るが、縦糸は粘着しない！」
「地面を蹴って土埃を巻き上げてくっつけたら、一時的でも粘着力が下がるんじゃない？」
　歩はそう言って勢いよく地面を蹴った。
　靴のあやかしである歩の強みを最大限に利用した作戦だ。
　狙ったとおり盛大に土ぼこりがあがる。
　細かな粒子が横糸にくっ付き、粘着力をうばってゆく。
「こうすれば網なんてただの足場だよ」
「ありがたい」
　サキリが枝上から礼を言う。
　修は整髪料缶と着火マンを手にすると、母蜘蛛を見据えたまま叫んだ。
「みんな、母蜘蛛を倒そう！」
　応えて、夏朝と夏夜が頷く。