音物語｜リアクション

音物語

◆矜持

　吉住志桜里は外でひとり、ヘッドホンで耳を塞いでいた。
　手元のプレイヤーから流れる音楽に集中している。すっかり聞き入ってたところで、肩を叩かれる。その感触に振り向けば、そこにはヘルメットを抱えた雨梨栖芹香の姿があった。

（あれ？）

　志桜里は首をかしげる。
　いつもならヘッドホンなど容易く貫いて耳に入ってくる単車のエンジン音が全く聞こえない。怪訝に思う彼女に芹香は自分が乗ってきたものを見せた。普段見ているものと明らかに構造が違う。
　詳しく聞けば、最新の電動スクーターを貸出用に仕入れたという。それで試運転を兼ねて志桜里のところまでやってきたらしい。

「素敵だと思うけれど、鼓動感がないのは寂しいわ」
「ほう？」
「今しがた聞いてたヒップホップ・クラシックのように、お決まりのビートってのは突然なくなると物足りないの」
「なるほど懐古主義か」

　懐古主義という言葉に志桜里はいちど大きく息を吸った。

「アーティストとして回顧しきりの要介護はお断り」
「でも今聞いてたのだって昔のだろ？」
「幾つもの流行りと技術の歩み。それに沿って万物は風の如く変わり往くもの。HIPHOPもまた然りというのも当然と断りはすれど」

　時流に合わせた型破りは必要だが、型無しは許さない。それは彼女の音楽屋としての矜持。視線を芹香が乗ってきた電動スクーターに向ける。　

「何のために跨るのか、歌うのかは体幹みたいなもの」
「スクーターと歌は違うだろ」
「違わないわ。しっかりしたものが無ければ。被る波如きに蹈鞴踏んでちゃ思ったように韻は踏めないわ」
「つまり芯か」
「そう、芯で選んだ道で食っていく。収益で貴女のお母さんの道場も助けながら。そこは死んででも走り通す……そんな意地ひとつの張りが大事なの」

　芹香はなんとなく理解したといった顔をしている。
　吐き出すことを吐き出して、志桜里は小さな満足を覚えた。

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