音物語｜リアクション

音物語

◆思い出

　深林真瞭は都内のスタジオに劇伴音楽の収録のためにやってきた。
　彼女は元有名交響楽団で第一ヴァイオリン兼コンサートマスターとして活動していた。しかし色々あってその職を辞し、今はソリストとして活動中。今のところ仕事は順調。コンサートのほか、映画やドラマ、アニメなどの劇伴音楽の仕事を引き受けている。

　今日の仕事もそんな劇伴の一つ。
　今年の秋アニメ『ブラームスはお好き？』で、劇中でヒロインのライバルが演奏する曲をいくつか担当している。作品のキャラ設定を見てみると、ものすごい天才肌のキャラだ。しかし驕ることなくヒロインに真っ向から挑んでいる。その姿勢は練習風景やステージ演奏の様子でも表れていた。
　そんなキャラの演奏を真瞭が行う。

（私にそんな天才キャラの演奏が出来るのか？）

　劇中キャラの演奏は、音楽の表現だけでなく『キャラクターの色』も合わさってくる。真瞭はチューニングなどの準備を行い、ウォーミングアップで指を慣らす。いざ楽譜を前にして楽器を構える。

　収録が始まってしまえば、すべては杞憂だった。キャラの見せる超絶技巧と同等の演奏を披露し、その場にいた人々を圧倒した。ちなみに今回の仕事には芸大時代の友人であるピアニスト、由良佳蓮も参加している。彼女もライバルキャラのピアノ演奏を担当している。
　収録は問題なく進み、いったん休憩の時間を取る。その間に彼女たちは雑談で盛り上がる。
　今回の物語は、主人公たちが音楽高校の生徒たちなので、自分たちも自然とその頃のことを思い出す。教師から出された課題がどうの、コンクールに向けての練習とか、自分より才能ある生徒に嫉妬したりとか。
　それを懐かしく思えるのは経験を積み重ねたからだろうか。そんなことを話した後、再び収録に臨む。

（あの頃から、どう変わったかな）

　高校の頃を思い出しつつ、音を奏でた。

このページにイラストを設定する