●第二幕　カースト上等！　私立マクベス学園

　休憩を挟んで幕が開くと、お城だったカキワリは、ロンドン塔めいた時計台をもつ学園に変わっていた。

「時は現代。ここは、悪辣非道なマクベス学園長が支配する超管理体制下の学園――私立マクベス学園」

　妖精女王ティターニア／秘子のナレーションに続き、んふふふ、という笑い声がこだまする。
　舞台上に、グレーのパンツスーツで髪を後ろに撫でつけた水谷 真優理が登場する。
　ニャカラヅカの男役のように凛と大股で歩く真優理を追って来るのは、セーラー服姿の青山 絢だ。
「ロミオ先生！」
「ジュリエット？」
　ロミオ／真優理がステージ中央で振り返ると、その背にジュリエット／絢が縋り付く。
「ああ、ロミオ！　どうして貴方はロミオ先生なの！？」
「いけないわジュリエット」
　いけない、と言いつつ、ジュリエットを振り払えないロミオ――という演技をする真優理は、背中に感じる一回り年下の従妹の体温に、早くもメロメロである。
（ああ～、絢ちゃん、本当に可愛いっ！）
　真優理の脳内が数十分前にさかのぼる。

　もとはといえば従姉妹同士で演劇祭を観に来ただけで、劇に出るなんて考えてもいなかった。
　ところが突然フジコ先生に「ロミジュリをやるのよ！」と名指しされ、絢が返事をする前に、
「はい！　私たち出演します！」
　と即答で快諾したのは記憶に新しい。
「些か強引だがこれでいいのだ！」
「いいのだ、って真優理さん……」
「大丈夫だって、絢ちゃんはなんたって新進気鋭の女優なんだから！」
　新進気鋭の女優とは、ちょっと大げさだったかもしれない。だがこの夏に上映された映画『寝子街闘者　晩夏の陣』でデビューを飾り、高い評価を得たのも事実である。

　真優理はロミオのセリフに戻る。
「私と貴女は恋をしてはいけない仲。何故なら――」
　と、壮大かつおどろおどろしいクラシック曲とともに、全身ピンクのスーツに身を包んだマクベス学園長が登場する！
「オーッホッホホホホ！　我が学園は今日も規律正しく美しく営まれているかしらッ！？　まさかまさか、生徒と教師の間で恋愛が起きていたりしないでしょうね！」
「マクベス学園長！」
　ロミオ／真優理、慌ててジュリエット／絢を引き離す。
「我が学園はッ！」
　マクベス学園長はツカツカと二人の元に歩み寄ると、ぐいとロミオ／真優理を見、ぐいとジュリエット／絢を見、セットとして置かれている黒板をバンと叩く。
「上級生徒と下級生徒の間には厳格なカースト制！
　生徒同士の相互監視を徹底し、風紀の乱れを許さない！
　さらに教師も生徒と同様のランク制として相互監視させ、私への反逆を防ぐ！
　そして何よりッ！　不純異性交遊禁止！　不純同性交遊禁止！　どんな恋愛も禁止禁止禁止ッ！！」
　マクベス学園長は、カツカツと激しい音を立ててチョークで黒板に書きなぐる。

「もちろん生徒と教師間の恋愛も禁止よッ！！」

　そうなのだ。
　この私立マクベス学園には恋愛について厳格な掟がある。
　教師であるロミオ／真優理と、上級生徒であるジュリエット／絢の恋愛は禁止禁止禁止ッ！！　なのだ！
「エリート教師のロミオ先生？　上級生徒のジュリエットとはずいぶん仲が良いようだけれど、教師と生徒の一線を越えたときは……分かっているわよね！？」
　脅し文句を残してマクベス学園長は舞台袖へ去っていく。
　二人きりになると、ロミオ／真優理とジュリエット／絢は寄り添いあって嘆くのだ。
「ああ、ジュリエット！　私たちの関係が発覚したら、待っているのは破滅のみ」
「だからこそ愛は燃え上がる！　ああ、ロミオ……私はあなたが誰であろうと、私が愛するのはただ一人……あなただけよ」
「ジュリエット、私はあなたとこんな形でしか愛を交わせないことが悔しい……教師と生徒、こんな関係でさえなかったら！」
　抱き合って口づけを交わすふりをするロミオ／真優理とジュリエット／絢。

（ああっ、絢ちゃん！！）

　時間の経過を示すため、舞台が一度暗転する。
　息のかかる距離で抱き合って。
　ずっとこうしていたいと思うのに、これは舞台。
　次のシーンに向けて舞台袖へ急いで移動しなければいけない。
（絢ちゃんを相手に結ばれぬ悲恋を演じるのは……もうそれだけで心が引き裂かれてしまいそうなほどに辛いわ……）
　真優理はきゅっと唇を噛む。
（でも絢ちゃんとこうして同じ舞台に立てるのだから）
　悲恋の運命という物語上の辛さがある反面、超が付くほどウキウキしている自分もいる。
　大好きな絢と一緒。
　気分は乱高下、完全に無重力状態だ。
（……ううん、これはシリアスな悲恋の物語だから、思いっきり雰囲気だして演じなきゃ）
「真優理さん？」
　百面相をする真優理に、絢が小声で尋ねてくる。
「大丈夫。クライマックス、行くよ」
　ひそひそと応えて、真優理は絢と手をつなぐ。
　反対側の舞台袖で、フジコ先生がキューを出す。
　舞台が明転し、ロミオ／真優理とジュリエット／絢は手をつないだまま走り出す。

「はあ、はあ、私たちの関係がマクベス学園長にバレてしまったわ」
「私たち、どうなってしまうの、ロミオ？」
「ああジュリエット！　貴女は学園長の策謀で、系列校へ留学名目で追放されてしまう！」
「そんな！　貴女と別れたくなんてない！」
「私もよ。こうなったら……逃げましょう、ここから」
「いっしょに？」
「勿論いっしょに。ジュリエット、私たちはもう檻の中の囚われ人なんかじゃない。一歩踏み出すのよ、私たちの真実の愛が許される場所へと！」
「ええ、ロミオ！　行くわ！　貴女とならどんな場所でも怖くない！」
　固く抱き合うロミオ／真優理とジュリエット／絢。
　しかしそこに、マクベス学園長が現れる。
「よくも私の支配体制を揺るがしかねない愚行に及んでくれたわね」
「マクベス学園長……」
「学園警備隊、この二人をひっ捕らえて！」
　マクベス学園長の号令で、学園長直属の学園警備隊役の腕章をつけた学ラン男子たちがわらわらと現れる。
「罪状はそう、生徒と教師間の恋愛禁止条項違反よ！」
「そんな！　人が人に恋をするのはそんなにいけないことなの！？」
　ジュリエット／絢が訴えるが、そのセリフはマクベス学園長の何かに触れちゃったらしい。

「いけないに決まっているじゃない！　私以外の人間が愛だの恋だの言ってラブラブッチュッチュなんて……許されるわけないじゃないのフジコハリケーーーーンッッッッ！！」

　ぶわわわっ、と薔薇の花が散る映像と、香りの演出！
（きゃ、なにこれ。何故か薔薇の匂いまでするし！　フジコ先生のリアルな怨念……！？）
　とか考えている場合じゃない。
　舞い散る薔薇の突風にきりきり舞いを演じ、舞台の端のほうで互いを庇いあうように地に伏せるロミオ／真優理とジュリエット／絢。そんなふたりを、学園警備隊がぐるり取り囲む。
「もう逃げられないわよ？」
　そう言ってノリノリに仁王立ちするマクベス学園長。
　マクベスを睨みつけ、ロミオ／真優理は叫ぶ。
「私たちを引き裂こうとしても無駄よ！　なんとしても引き裂こうというのなら――」
「ともに自決して永遠に結ばれる道を選ぶわ！」
　ジュリエット／絢も叫ぶ。
　ふたりはそれぞれ胸元に隠し持っていた短剣を出すと、一気にお互いを刺し合って――。
「ううっ、ジュリエット……」
「ロミオ……生まれ変わったら、今度こそきっと……」
　見つめ合い、息絶えるのであった――。

◇

　暗転して舞台袖に掃ける。
　舞台上では、学園警備隊の隊長だったマクダフに下剋上されて殺されるマクベス学園長のシーンが演じられている。このあとまた魔女のお茶会のシーンがあって、次のロミオとジュリエットの話がはじまるのだろう。
「ど、どうだったかな、真優理さん」
「どう……って、素敵だったわ！　やっぱり絢ちゃんは可愛いっていうか、食べちゃいたいくらいっていうか」
「えっと、なんていうか……そう言ってもらえるのはありがたいんだけど、途中から役に入り込んじゃって、真優理さん相手にラブシーンまで演じちゃって、今になって恥ずかしいというか……」
　絢は俯き赤面している。
　それをみた真優理はまた滾ってきたようで。
「ん～～～～～っ、赤面する絢ちゃんも最高なんだから～～～っ！！」
　ぎゅうっと真優理にハグされながら、絢はそっと思うのだった。
（まあ楽しかったし、真優理さんは大喜びだから、いいのかな？）