しあわせのおすそわけ｜リアクション

しあわせのおすそわけ

　一緒に雑貨店を訪れたのは、素敵な日があると知ったから。
　テディベアが並ぶコーナーを前に、綾辻綾花は頬を緩める。
「珪先生にそっくりな子はいるでしょうか？」
「どうだろう。こんなにあるなら、いるかもしれないね」
　使っている素材も色も多種多様で、少し目のボタンの位置や大きさが変わるだけで印象も大きく異なる。
　その中から、たったひとつというものを見付けるのは難しいはずなのに。早川珪は大勢のテディベアの中から、白くてやや大きめの瞳をした物を指さした。
「これなんて、綾辻さんに似てるんじゃない？」
「そ、そうですか？」
　どれにしようかと自分でも迷っていたのに、珪が見付け出してくれたかのようで、ちょっと嬉しい。
　でもこの子には、もっと珪好みになってもらわないと。
「じゃあ私は、この子のお洋服も見てきます。珪先生は……」
　できれば、彼からも贈られたい。けれど、想いを伝えるためのテディベアを無理矢理催促することもできなくて。
　ちらりと横目に見たのは、珪に似ているなと思ったテディベア。赤と黒のコーディネートが一層と珪らしく、これと共に想いを伝えられたら、どんなに素敵だろう。
「この辺りをゆっくり見ているよ」
　色々と熊にまつわる小話が書いてあるポップを指して笑う珪を待たせないよう、綾花は急いで準備を整えた。

　買い物を済ませた２人は、喫茶店へを訪れた。
　ボックス席はいっぱいでカウンター席となったけれど、横並びに座れることは悪いことでも無い。
「珪先生、さっきは……いえ、いつもですね。ありがとうございます」
　感謝の言葉と共に渡したのは、先ほどの雑貨屋で買ったテディベア。鮮やかな露草色のゆったりとしたニットとミモレ丈の白いプリーツスカートに着替えた姿は、珪にも見覚えがある。
「本まで持ってると、余計に綾辻さんに見えるね」
　キャットロードで服を見立てたことは、記憶に新しい。綾花に似合う服ではなく、珪が自身の好みの服として選んだ物だから、少し照れくささはあるようで。珪はありがたくといったように最低限の言葉だけ口にして受け取った。
「じゃあ僕からも。いつも頑張ってる綾辻さんに」
　それは、どことなく珪に似ていると思っていた、優しい面差しのテディベア。
　気になっていた子だというのももちろんあるが、何より珪から贈られたというのが嬉しい。
「ありがとうございます！　部屋に置いて大切にしますね」
　こんなにそっくりだと、見る度に珪を思い出して恥ずかしくなってしまいそうだ。
　ひょこひょことテディベアの腕を動かし、「よろしくね」と挨拶する綾花は、幸せいっぱいではあるけれど。
　今日は、嬉しいだけで終わりたくなかった。
「珪先生は、どんな想いを込めてくれましたか？」
　そう尋ねられ、珪は手元のテディベアを見る。その子が持っている本には『感謝と想いを込めて』という文字とハートが書かれていて、先ほどの店にも小話が飾られていたのでテディベアの日のことも知っている。……そうでなくとも、贈り物には大なり小なり手渡す理由があるはずだ。
　照れて様子を窺うばかりだった綾花も、いつまでもそうしていられない。彼のことを、彼の気持ちを知りたいと思うから、じぃっと珪の顔を覗き込んだ。
「綾辻さんが教えてくれるならね？」
　きっと知っているのに、気付いているのに。……はっきりと伝えられなくて込めた想いだけれど、それを告げて彼の気持ちを聞き出せると言うのなら。
　今か、でもまだ。頬を赤らめて何度か口を開いては閉じ――逡巡して、綾花は貰ったテディベアへとキスをする。
「こ、こういう気持ちです」
「なるほどね」
　教えてもらったのであれば、答えなければならない。けど。
　珪は綾花から貰ったテディベアと鼻先を擦り合わせるように軽く触れさせ、微笑む。
「僕はこういう気持ち、かな」
　仕草が表す気持ちは、なんなのだろう。
　このテディベアには、何かが込められているのは間違いないようだ。

このページにイラストを設定する