暴け！　秋だけの美味しいヒミツの暗号｜リアクション

暴け！　秋だけの美味しいヒミツの暗号

　この顔は、ずるい大人のそれだ。
　そう本能は告げるけれど、稲積柚春は断れなかった。
「ほら柚春……ね？」
　こんな時、妙に端正すぎるウォルター・Bの顔は、憎らしいくらい更に格好良さが増す。
　休日は名前を呼び合う約束だけど、それでも時と場合によるというのは大きくて。今だって甘さより卑怯な響きが強いってわかっていた。
　わかっていたけれど、それで抗えるなら苦労なんてしないわけで。
「このっ！　『もらみかこりちみそ』くださいっ！」
　恥ずかしさを堪えて店主に伝えたその言葉は――ウォルターから盛大な笑い声を引き出した。

「いや、だって……ホントに言うなんてさぁ……くくっ」
　あれから２人分のホットレモンティーが運ばれてきても、まだウォルターは肩を震わせて笑っていた。
　解けてないと言ったのに。
　こんなわけのわからない言葉を言うのも難しかったし、何より……とっても恥ずかしかったのに！
（それでも、ウォルターさんが食べたいって言ったから！）
　恋は先にしたほうが負けだなんて言うけれど、このままでは大変よろしくない。
　柚春はもうその口車には乗せられる物かと、ウォルターを強い眼差しで見据える。
「そんなに笑うんだったら……当然わかっているんだよね、ワットは？」
　時折飛び出る愛称呼びにドキリと――させられたかはわからないけれど、ようやく笑いを引っ込めたウォルターは、どうだろうねぇと暗号を眺めて。
「わからないってことにしたほうが楽しそうかなぁ？」
　そうやってまた、猫のような口角をさらに上げて。とてもとても、楽しそうに目を細めて。
（からかってる……んだろうけど）
　悪くないと思ってしまうんだから、もうどうしようもない。
　柚春は一緒に謎を解くべく、ウォルターを引っ張り立たせて交流ノートへと向かった。

「うう……俺には解読なんて無理な話だったんだよー」
　机に突っ伏したラッセルは白旗を上げたい気分だった。が、まだ限定メニューも諦めきれなかった。
　なぞなぞなんて「たぬき言葉」くらいしか解読できないし、苦手とする分野だ。そもそもこれが「とんち」の類いの発想で解決することなのか、「勉学」の類いの知識で解決することなのかさえ閃かない。
（勉強だって嫌いだしなぁ……）
　できることはやった。
　交流ノートからアイディアももらって、逆さまから読んでみたり、一文字飛ばしで読んでみたり。辛うじてわかるローマ字ならばと置き換えて、アナグラムのように分解して組み立てれば違う言葉に……とも挑んでみたけれど、とっ散らかって収拾が付かなくなってしまった。
　メニューと言うからには、食べ物や飲み物を連想できるはずだし、季節限定と銘打つならば秋の美味しい物のはずだけれど。
　そんなもの、数が多くて到底絞り込めるはずもなく。
（……まぁ、いっか！）
　ここにはたくさんの本がある。ならばゆっくり読書でもしながら、周囲が謎解きに奮闘する様子をちらりと眺めるのも悪くない。
　ラッセルはアイスカフェオレとシュガートーストか何か軽く食べようかと、オーダーすることにしたのだが、注文を聞いた文也はそれに待ったをかけた。
「急いでないなら、飲み物だけにしておきな。……そろそろ、煮詰まってる人たちも増えたからねぇ」
　スッキリしない気持ちで退店されては寝覚めも悪い。そもそも、意地悪をしたくてやっていることではないのだ、ここで出し惜しみをしては本末転倒だろう。
「ヒントが答えに繋がるか、見落としてしまうかは兄さん次第だけど」
　披露するのはあくまでヒントで、答えのメニュー表を配るでもない。待ってるばかりでは解決しないのは確かだけれど、取っかかりが掴めるなら。
「うーん……もう少しやってみるか！」
　来るとわかってるチャンスを無視するのも、性分に合わない。ラッセルは飲み物だけオーダーして、暫し読書を楽しもうと店内をまわった。

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