暴け！　秋だけの美味しいヒミツの暗号｜リアクション

暴け！　秋だけの美味しいヒミツの暗号

　１枚のメニュー表を２人で覗き込んで、まずは全体を確認してみる。
　けれど、綾辻綾花にはこれがひらがなまみれだということ以外、何もわからなかった。
「前の暗号は、２つの数字を組み合わせたものでしたよね」
　そう隣の早川珪に声をかけてみるけれど。以前の暗号を知っていた珪も、今回ばかりは易々と解けないようで、くまなくメニュー表を眺める顔は真剣そのものだ。
「さすがに、何か取っかかりを見つけないと難しそうだね」
　メニュー表にヒントがないのなら情報が必要だ。この店で情報交換をとなると、やはり前回も活躍していた交流ノート……と、同じように思う人が多いのか、ノートの周囲は賑わっている。
　今すぐに向かうのは難しそうだと、２人はまず飲み物を頼むことにして。
「珪先生、『114106』の暗号は解けましたか？」
　オーダーが運ばれてくるまでの少しばかりの穏やかな時間に、ぽつりと波紋を投げかける。
　彼の知っていた暗号とは少し違うけれど、そんなに難しくないはずだ。あの時は読まれてしまうのが恥ずかしい気もしたが――今なら、向かい合える気がする。
「……素敵な言葉だよね」
「はい、私もそう思います」
　言葉遊びではない、大切な気持ち。密やかにではなくちゃんと伝えられる日まで……それまでは、やっぱり他の人に見つからないよう暗号にしてしまいたいような、伝わって欲しいような複雑な気持ちだけれど。
（あいしてる）
　それはずっと、変わらない想い。

　ひらがなの羅列とくれば、八神修には思い当たる物がひとつある。
　古書に囲まれた店内をくるりと一瞥し、今は鞄の中で待機してあるタブレットへと視線を落として。もう一度メニューへと視線を戻したとき、思わず口の端を上げた。
　予測が正しければ、パソコン登場以降のミステリーで活躍している『暗号』だ。
　その活躍は、もはや何らかのミスリードを誘わなければ謎にすらならない時があるほどなのだが……普段パソコンに触れる機会が少ない七夜あおいにとっては、意識して盤面を見る機会がないため連想が難しい。
　なのであおいは、真っ向から謎を解くべく丁寧に暗号を手持ちのノートに書き写し、音読をして。何か切っ掛けが掴めればと悪戦苦闘している。
　その様子が可愛くて、修はつい笑みを零してしまうのだけれど――彼女には、１人さっさと解読した修が余裕で笑っているように見えたらしい。
「まだ、答え言っちゃダメだからね？」
「俺だってまだ解いてないよ。心当たりがあるくらいで」
　いくら手持ちのアイテムで解決できそうだからと言って、いきなり答えに直結しそうな物を披露するほど無粋ではない。それに、覚えやすい位置にあるキーならいざ知らず、全ての盤面を覚えているかといえば……なんて説明をするにも、謎を解き始めたばかりの彼女にはネタバレになってしまう。
「ヒント、探しに行く？」
「もうちょっと……何にも閃かないから、何を見てもヒントって気付かなさそうだし」
　これは暫く睨めっこが続きそうだ。答えが予測できている修は、彼女のペースに合わせようと深く椅子に腰掛けて店内を見上げる。
　高い天井まで本がぎっしり詰まった棚。深煎り過ぎない香ばしいコーヒーと、そこに時折混ざるバターと秋の味覚が合わさった甘い香り……そして隣には、表情をくるくる変える君がいて。
「……幸せだな」
　感嘆の吐息と共にこぼれ落ちた言葉は予想外に大きかったようで、熱心に謎と睨めっこしていたはずのあおいが顔をあげる。気付けば、カチリと聞こえそうなくらいしっかりと海色の瞳に捉えられていた。
　はにかまれて、ようやく結構だらしない――恥ずかしいくらいに満面な笑みを浮かべていたことに気付く。
「……好き、なんだよ」