寝子島あやかし譚　烏天狗｜リアクション

寝子島あやかし譚　烏天狗

●烏天狗美青年の甘い誘い

　猫鳴館で暮らす月原想花には、星ヶ丘周辺は、あまり行ったことのないところだ。
　何だかおのぼりさんになった気分と思いつつ、屋敷街などを散策する。
　一通り巡り終えたので、そろそろ帰ろうかなと思った時。

「お嬢さん、ひとり？」

　誰かに声をかけられたので振り向くと、そこにいたのはホスト風の美青年。
　巧みなトーク術と催淫状態に導く神通力を駆使して相手を誘い、エッチなイタズラをする鴉天狗『氷魚』だ。
「ぼくに何の用なんだろう？」
　話でもあるのかなと思い、氷魚をじっと見る。
　ナンバーワンホストなのかな、と興味深そうに見ているうちに、徐々に変な気分になってきた。
　それを見透かしたように、怪しげな笑みを浮かべた氷魚が、ゆっくりと近づいて来る。

「安心して身を任せたまえ。天国を見せて差し上げよう」

　熱いまなざしで想花を見つめたまま、氷魚はお姫様に手を差し伸べるナイトのように優雅に振る舞う。
（この人、何を考えてるんだろう？　新手のナンパ？）
　ナンパかどうかは知らないが、やばいと感じた想花は逃げた。
（ぼくみたいなちんちくりん、あんな人といたら、からかわれてるだけだよ）
　自身をそう評価している彼女だが、容貌は綺麗めの顔立ちでシンプルな服装が似合うスタイルである。
　素朴ながらも綺麗な素材といってもいいだろう。
　氷魚は逃げられているにも関わらず、なぜか口説き落とそうとしている。それが不思議でならない。
　ガン無視して足早に歩くも、耳に先程の口説き文句が入ってきて、それが心地よく響いてきた。
　響いてきた口説き文句に、そのうち、だんだんエッチな気分になってきた。

「このまま流されるがままエッチしちゃっていいかな……」

　そう思った瞬間、彼女の脳裏に黒白滴の顔が思い浮かんだ。
　滴は、想花の片思いの人だ。
　出会ったのは新入生歓迎大祭。滴に声をかけたのは想花からだった。
　新歓祭のパフォーマンスをきっかけに、二人は親しくなっていった。
　東京への遠足で一緒に美術館をめぐった時、死をイメージさせる絵に惹かれることを知った。
　絵のことを語る滴を見た想花は、彼女に恋をしていることを自覚した。
　片思いだが、好きになった相手を裏切ることはできない。

「だめだ、こんなところで流されちゃ！」

　そう叫ぶと、目の前の氷魚に思いっきりタックルをかました。
　その拍子で氷魚は尻餅をついたが、即座に立ち上がると尻の汚れを払い再び誘い出す。
「体を張った愛情表現、すごくいい。気に入った。安心して身を任せたまえ。天国を見せて差し上げよう」
「他の人に見せてあげたらいいじゃないか」
　そう言うと、振り向きもせず想花は走って逃げた。
「何だったんだろう。変な人」
　綺麗な女の人をナンパすればいいのにと思いつつ、星ヶ丘を後にした。

　想花に逃げられた氷魚は、その後もターゲットを変えては巧みなトーク術と催淫状態に導く神通力を駆使してエッチなイタズラをした。
　たまたま星ヶ丘にいた椎井莉鳥は「変な人」と、冷ややかな目で氷魚の様子を見ていた。

このページにイラストを設定する