晩メシは宇宙だ。｜リアクション

晩メシは宇宙だ。

「いっしょにごはん、食べませんか？」
　午後８時。学生、綾辻綾花がおおっぴらに出歩いているのに、教師、早川珪は良い顔をしなかった。もちろん彼女の身を案じてのことであろう。
「何か買って、すぐに帰ったほうがいいんじゃない？　女の子がひとりでこんな時間に、危ないよ」
「その。私もちょっと不安なので、寮まで送っていってもらえたらって……」
　上目遣いにお願いしてみる。
　頼られれば、珪も悪い気はしないらしい。
「しかたないね。今日だけだよ」
「はいっ♪」
　事の経緯を説明すれば、綾花のうっかりである。先ほどまで今日の授業の復習と明日の予習に没頭していたが、気が付けば外は真っ暗。お腹も空いたしそろそろ遅い夕食でも、というところで今夜の食材を買っていないことに思い至ったのだ。
　夕飯抜きはさすがにお腹が切ないし、健康にも良くない。美容にもよろしくなかろう。仕方がないと寮の外へ出かけたが、綾花が暮らすのは猫鳴館であり、周辺には街灯もない。おっかなびっくり歩を進めシーサイドタウンへ出るも、時間が時間だ。人通りも少なく、いつもの街がなんだか違って恐ろしげに見えてきて。近くの飲み屋から出てきた千鳥足の酔客が、なんだかこちらをじっと見つめているような気がして。逃げるようにその場を後にしたものの、不安になってきて……というところで見かけたのが、同じく夕食に出てきたらしい珪だったのだ。
「珪先生は、何を食べるつもりだったんですか？」
「うん。今日はパスタの気分かな、って思ってたところ」
「パスタ！　いいですね」
　珪の行きつけのパスタ専門店へ二人で入店する。素朴だがおしゃれな店構え。小奇麗な店舗の窓際の席に案内され、腰かける。奥の厨房には大きな窯があり、焼き立てのピザが出てくるのが見えた。
　メニューを開いて、わぁっと思わず声を上げる。
「何でも、好きなのを頼んでいいよ」
「えっ。あの、い、いいんですか……？」
「他の人には、内緒だよ」
　珪も綾花の猫鳴館暮らしは知っているし、気づかわせてしまっただろうか。けれど夕食をおごってもらえるなんて、なんていうかこう。
　大切にされている感、あるではないか。
「ふふ……ありがとうございます」
　珪はきのことほうれん草のクリームチーズパスタをチョイス。綾花はちょっぴり遠慮しつつも、魚介たっぷりのペスカトーレと、マルゲリータも頼んでしまった。
「ピザ、はんぶんこしましょうね」
「うん、いいね。そうしよう」
　明るい店内に、ほっとして気持ちも落ち着いた。先ほどまでの不安がウソのよう。
　注文の品が程なくして届き、ペスカトーレをフォークにくるくるとからめてひと口。えびもぷつりとフォークで刺し、ぱくりといただく。トマトソースの程よい酸味と魚介のコク、幸福が綾花を満たした。
　目の前の珪が上品にクリームチーズパスタをいただくさまをつぶさに見ていられるというのも、これまた幸せな気分に浸ることができた。
　食事を終えて外に出ると、空には月明かりが煌々と灯っている。
「ごちそうさまでした！　とってもおいしかったです」
「どういたしまして。それじゃ、寮まで送っていくよ」
　月夜の下を二人で歩く。お腹も満たされ、弾む会話に胸もいっぱい。
　今夜はまだまだ、勉強もはかどりそうである。

このページにイラストを設定する