晩メシは宇宙だ。｜リアクション

晩メシは宇宙だ。

　夏のインターハイは走・投・高の全てにおいて優勝を飾った椎井莉鳥。それでいて学業もきっちりと修め、おまけに今年は保険委員長も務めた。もはや隙なしの才媛である。
　委員会の仕事を終え、校舎を出ると校庭で、陸上部が練習をしていた。莉鳥自身は受験に専念するため引退済みだが、少しばかり後ろ髪を引かれないこともない。莉鳥に気づき、憧れの目を向ける後輩たちへ手を振って、帰途についた。
　莉鳥は薬剤師を目指している。生半可な努力では就けぬ職だ。彼女もそれを重々理解しているから、部活動には区切りをつけ勉強に専念することにした。思いきり身体を動かし汗を流す機会が減ってしまうのは寂しいことだが、妥協はできない。現在の成績なら志望大学の薬学部は十分に合格圏内と言われたが、そこに胡坐をかくたちではなかった。
　帰宅し、すぐに机へ向かう。化学の問題集を開き、すぐにも集中し取り組み始める。物質の状態変化、化学変化とエネルギー、電気分解、粒子の結合といったワードが莉鳥の脳内を飛び交い、それをペンで書きつけることで捕らえ、脳内にも刻み込んでゆく。
　幸い勉強は嫌いではなかった。理数系は得意だし、他の科目も高水準の成績を保っている。まあ、音楽や美術などの芸術方面がいまひとつではあったが……ともかく陸上競技でも培われたたまものか、集中力が鋭く持続するのは莉鳥の武器だろう。
　しばし、問題を解くのに没頭した。
　はっと我に返ったのはそれから数時間もして、呼んでも一向に降りてこない娘に業を煮やした母が部屋へと踏み込み、間近に声を張り上げた時だった。
「ああ。ごめん、集中してたから」
　自室を出て階下へ降りると、すでにテーブルには湯気の立つ夕食が並んでいた。
　本日のメニューは、切り干し大根のサラダ。水餃子入りスープ。きんぴらごぼうに、麻婆茄子。ほかほかご飯。
　サラダに箸を伸ばす。しゃきしゃきとした食感をかみしめてから、スープをひと口。水餃子はぷるぷるで、箸でほどけた。口に含むと噛むほどにじゅわりと肉汁があふれだす。きんぴらごぼうを経て麻婆茄子へ移行する。こってりな味付けの茄子は白飯に合うだろう。今日はいつもお気に入りのふりかけの代わりに、茄子を乗せていただく。
「ん。おいしい」
　娘の淡々とした食事風景に母はいつもご不満のようだが、素直な感想を述べればぱっと表情は明るくなった。もっとも、莉鳥には好き嫌いもそうないし、出される食事はどれも美味しくいただける。述べたのは心からの賛辞だし、それが普段から多く語られないのは莉鳥生来の寡黙さがためだ。母もきっと、理解はしてくれているだろう。
「ごちそうさま。美味しかった」
　そう言い置いて、風呂に入ってから勉強へ戻った。
　こうして空腹と気力が満たされたのを感じることへの感謝を、もっと素直に家族へ伝えられれば、とは思う。しかし言葉以外で伝える方法もあるだろう。莉鳥が定めた目標を叶えて見せること以上に、両親が望むことなどあるだろうか。
（今日はもうひと頑張りね）
　無心にペンを走らせる音は、夜半過ぎまでやむことはなかった。

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