秋めくボディタッチ日和｜リアクション

秋めくボディタッチ日和

　これといってやることもないが、かといって早々に帰る気にもなれない、そんな放課後というものがある。
　授業はとっくに終わっていたが、月原想花はとくに目的もなく校内をうろついていた。
　廊下の窓からは西日が差し込み、グラウンドで練習している野球部の掛け声が遠くに聞こえる。
　階段を上り、三階へ向かう途中の踊り場に差し掛かった時、白と黒のツートンカラーの長いウェーブした髪の少女の後姿を見かけた。あんな髪、ほかに見間違いようもない。黒白滴だ。
「……っ」
　心臓がどくり、痛みを伴って泡立つ。
（ぼくは彼女に恋してる……滴さんのこと、好きになってる）
　制服の胸元をきゅっと掴む。そうすれば胸の痛みが和らぐような気がして。
（――でも、そんなことは言えない）
　立ち去ろう。
　踵を返しかけたそのとき、滴が振り返った。
「想花ちゃん？」
　まだ帰らないの、とか、天気が変わりそうだね、とか、内心の思いを隠しつつ、当たり障りのない会話を交わす。そのうちに……妙な衝動に駆られてきた。
「あれ……なんだろう、この気持ちは……？」
　目の前の彼女に触れたくて仕方がない。
（なぜ？）
　衝動の理由はわからないけれど、この衝動に耐えなきゃいけないと思う。欲望のままに彼女に手を触れるなんてことはできない……そんなことをしたら、彼女のことを手折ることになりそうだから。
（でも……）
　軽く噛んだ唇を震わせる。
　指先に軽いしびれを感じる。
　手は衝動に抵抗するように少し震えていた。
　けれど耐え切れずに……滴の白くすらりと指先に、そっと触れる。
「想花ちゃん……」
　目と目が合う。
（嫌われちゃう……）
　そう思ったけれど、なぜか滴は微笑んでいた。
「……ふふ」
　触れた指先を返すようにして、滴のほうから指を絡めてくる。
「え、あの……」
「触れたいの？　……私も、そう思ってたんだ～。お揃い、だね～？」
　間延びした声で囁かれ、想花はたまらず滴に抱きついてしまった。
「滴さん、嫌わないで。なんだか変なんだ。自分でも抑えられなくて……」
　顔を上げた正面に、滴の顔があった。
　とろりと眠たそうな空色の瞳が、じっと自分を見つめている。
　濡れた唇がわずかにあいていて……。
「……」
　想花は気づけばその唇に、自らの唇を重ねていた。
　重ねるだけのささやかなキス。それでもその感触は絶対忘れられない衝撃を伴っていて――。
「ごめんなさいっ」
　無理やり引き剥がすように慌てて身体を放す。
　滴はキスしたばかりの唇を自らの舌でなぞるように舐めると、濡れたそこを親指で拭い、恍惚と笑んだ。
「いいよ～。もしかしたら明日世界が終わるかもしれないものね～」
　滴はそれだけ言うと、軽やかな足どりで階段を下りてゆく。
（……世界が終わる……？）
　意味深な言葉が気になりつつも、自らのしてしまった行為の余韻に飲まれて、想花は動けなかった。
　夕日が踊り場を赤く照らしている。

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