あなたの記憶、買い取ります｜リアクション

あなたの記憶、買い取ります

●忘れてしまった苦い記憶

「あれ、こんな店あったっけ？」
　篠原翠響は首を傾げつつ、突如として現れた店に妙に惹かれるものを感じた。
　導かれるようにそのまま中へ入ると、いらっしゃい、とこの店の店長が面倒くさそうに挨拶を。
「あなたの記憶、買い取ります。何を買い取ってほしいんだい？」
　そう言われたので、どういうことかと尋ねる。
　すると、この店は何かを忘れたい。思い出したい記憶がある人にしか見えないのだとか。
　記憶の買い取り、思い出し。どちらをするにも対価は手持ちの記憶をひとつ。
「その話、本当なの？」
「ああ、本当だよ。記憶であれば、どんなものでも買い取りや思い出しができるよ」
　どうするかはあんた次第だけどね、と店長は腕組みをして翠響を興味深そうに見る。
　記憶ひとつを対価に記憶の思い出しができる。それがもし、本当なら……。
　少し考えてから、翠響をは記憶の思い出しを選んだ。

「私が思い出したい記憶は、中学1年の頃のことなの」
　翠響が中学１年の時、些細なことで友達と喧嘩をした。本当に些細なことだった。
　なぜ、あんなことで喧嘩したのか。
　今となっては呆れてしまうようなことだが、あの当時はそれでそれまでの関係をぶち壊しにしてしまいたくなるような、それほどの怒りを覚えていた。
　その友達とはそのまま疎遠となり、やがてその子が転校。
　仲直りできないまま、友達との関係は終わった。
　数日前。
　その友達が病気で亡くなったと、その子の母親から連絡が来た。
　亡くなる少し前に、友達が「翠響ちゃん、あの時はごめんね」と伝えてほしかったということを聞いた時、翠響は泣いた。
　喧嘩したことを謝りたかったが、あの時の喧嘩の理由を忘れてしまったのでどう謝れば良いのか。
　思い出せないので、今日まで謝ることができずにいた。　
　だからこそ、あの時の喧嘩の理由を思い出したい。

「そういうことがあったんだね。忘れてしまった喧嘩の理由を思い出す、でいいのかい？」
「いいわ。小学３年の時に、初めて難易度の高かった演技ができるようになった喜びの記憶と引き換えで」
　本当にいいのかと念を押す店長に、思い出せるなら、と翠響は決心した。
「あたしにとって大切な記憶だけど……あの子にきちんと謝りたいから」
　翠響の固い決意に応えるべく、店長は「わかったよ」と思い出させに応じた。

　店長が優しく翠響の頭を撫でると、翠響の頭の中に中学１年の時の記憶が流れ込んできた。
　喧嘩をした理由は、新体操の手具に関してだった。
　友達も新体操をしていて、翠響とどちらが上手く演技できるかを競い合っていた。
　そのせいか、話題は新体操に関することが多かった。
　喧嘩をした日は、どの手具の演技が華麗なのかという話題で盛り上がった。
　友達はフープが華麗で見栄えが良いと主張したが、翠響はリボンが一番華麗！　と自分の意見を曲げず。
　どちらも「これが一番！」という意見だったので、時間が経つにつれて衝突し、そのまま言い合いとなった。
「あたし、そんなことで友達と喧嘩したの……？」
　理由を思い出した途端、涙が零れた。
「そんなこと、ということは、どうでもいい理由だったのかい？」
　無言で頷く翠響。
「思い出した今でも、友達を許せないかい？」
「思い出した今なら許せるわ。思い出させてくれてありがとう。あたし、友達に謝ってくる。今からでも遅くないわよね？」
「遅くないさ。友達の気持ちに応えてあげな。それが今のあんたにできることだよ」

　店を出た後、翠響は友達の墓参りに行き、墓前で、あの時のことを謝ろうと決めた。
　謝罪だけでなく、今の自分のことも話そう。将来の夢とかも。
「あの子の分まで、あたし、一生懸命生きるわ」

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