あなたの記憶、買い取ります｜リアクション

あなたの記憶、買い取ります

●姉妹の記憶、ふたつの記憶

　とある日の夕方。
　アイオ・キャンドライトと喜矢武あいおは、旧市街地の空き地の一角にお店が出ていたことに気づいた。
　昨日まで、ここには何もなかったはず。
　いつの間に、古びた雑貨屋のような雰囲気の外観の建物ができたのだろうか。
「新しくできたお店のようですわね。入ってみましょう」
　どんなお店か興味を示したアイオは、不思議がっているあいおを引き連れ中へ。

　ドアを開け中に入ると、隅のほうにカウンターテーブルと古びたロッキングチェアが置いてあるだけだった。
　雑貨屋を思わせる内装だったが、店には陳列棚らしきものも、商品らしきものもない。
　まだ開店していないのだろうと思った二人が店を出ようとしたら、奥から誰かが店内へ。
「いらっしゃい。あんたらも記憶を買い取ってほしいのかい？」
　そう言われた二人は、顔を見合わせどういうこと？　と思う。
「このお店、昨日までなかったような……。まだ開店していないんですの？」
　アイオの質問に、ここは何らかの記憶を忘れたい。
　あるいは、思い出したいと願う人の前に現れる質屋だと店内に来た人物が言う。
　自分はここの店長だよ、と付け加えて。
「記憶を忘れたい、思い出したいということは、記憶を消したり、思い出したりできるということですか？」
「ああ、そうだよ。今、手持ちの記憶ひとつと交換で、だけど」
　あいおの質問に欠伸をしながら店長が答えた。
　それを聞いたアイオは、いてもたってもいられなくなったようだ。
「店長さん！　記憶が思い出せるって本当ですの？」
　ずいっと迫るアイオに驚きつつ、本当だけど、と店長は言う。
「さっきも言ったけど手持ちの記憶と交換で、だよ」
　思い出せるならば、なぜアイオが両親と離れて暮らすことになったのかを思い出したい。
　対価となる記憶は……と自分の記憶を辿るが、それらしき記憶がない。

（姉さんは両親のことが思い出せないそうですねぇ。思い出すためには何かの記憶を買い取ってもらわないといけない……ですか）
　あいおは、ほしびとのアイオから分離し存在である。
　アイオから分離した結果、ひととして存在していたあいおの記憶と分離前まであったアイオの記憶。
　両方の記憶を持ってしまうこととなった。それゆえ、一人だがふたつの記憶を持っている。
　自分の中にあるもうひとつの記憶が対価にならないだろうか。
　そう考えたあいおは、店長に思い切って尋ねた。
「店長さん、僕の記憶と交換に姉さんの記憶を思い出させることはできますか？」
　そうきたか、と店長はクスリと笑う。
「誰かの記憶と引き換えに、と持ちかけたのはあんたが初めてだよ。できないことはないけど……」
　アイオの方をチラリと見て、店長は姉妹で話し合って決めるんだねと判断は二人に任せることにした。
「あいおちゃん！　対価を出してもらって本当にいいんですの？」
　手放したい記憶であったのなら良いが、そうでないのなら……と思うと悪い気がする。
「いいんです。それで、姉さんが忘れていた思い出せるのなら」
　妹分の申し出が嬉しくなり、アイオは泣きそうになった。
「アイオのために……本当にありがとうですわ」
「決まりましたね」
　話し合いが終わったので、あいおは店長に記憶の取り引きを持ちかけた。

このページにイラストを設定する