地下帝国、拡大中！｜リアクション

地下帝国、拡大中！

　猫鳴館の自室で喜矢武あいおが眠っている。横向きで丸まった身体には薄い毛布が掛けられていた。足先が寒いのか。もぞもぞと動かす。
　薄汚れた窓はぼんやりと明るく、夜明けを伝えた。同時に冷たい風を通し、カタカタと震えるような音を立てた。
　あいおの身体が同調して目を覚ました。
「……寒いのですよぉ」
　毛布の中で震えて目を擦る。何度か瞬きをしてゆっくり上体を起こした。ツインテールの片方が畳に擦れて結んでいたリボンが萎れるような形になっていた。
「少し早いのです」
　言いながら起き上がった。手早く身だしなみを整えてスマートフォンを手にした。
「あー、んん、あー、あー」
　控え目な声を出して喉の調子を窺う。
「この時間でしたら歌っても平気です？」
　疑問符ながらもスマートフォンを起動した。こなれた様子で設定を決めてレンズを自身に向けて小声で歌い始める。
　その一分後、不穏な音が壁の辺りから聞こえた。
「し、静かにします！　怒らないで欲しいのですよぉ」
　慌てるあいおに追い打ちを掛けるように部屋全体が揺れ始めた。
「こ、ここ、これは苦情ではなくて、地震なのです！？」
　揺れは短かった。が、あいおはびっくりした表情で固まった。
　その金縛り状態を解いたのは廊下からの声だった。
「今の地震で猫鳴館の地下が広がったよ！」
　猫館鳴の声が駆け抜ける。方々で同じ内容を叫んでいた。
「それならきっと歌う空間も作れます！」
　早速、探検に見合う格好に着替える。寝子高校のジャージに着替え、必要な物を入れたリュックを背負う。靴は歩き易いスニーカーを選んだ。
「張り切って出発です！」
　あいおは興奮した様子で地下へと降りていった。

　地下に降りるとすぐに一方に目がいく。以前は小さな穴だった箇所が歪なアーチ状の通路のようになっていた。
「奥は暗いですよぉ」
　リュックに入れていた懐中電灯に早々と頼る。闇を貫くような光が伸びた。
「広くて全体がわからないですよぉ」
　小さな歩幅で歩いていく。少し進んでは立ち止まり、光で後ろを確認した。
「……まだ見えますねぇ」
　前を向いて更に歩を進めると壁の一部が見えた。光を左右に動かすと大小の穴が幾つも確認できた。
「いいですね」
　青い瞳で穴を見比べる。範囲を広げて横に歩いた。
　その足が止まった。一つの穴に目を奪われた。綺麗な半円を描き、腰を伸ばした状態で入れそうな高さを有していた。
　あいおは速足で近づく。中を照らすと穴と同じ形をした木製の板が倒れていた。ノブのような物があり、扉とわかる。
「地震で外れたのでしょうか？」
　懐中電灯の光を前方の闇に向ける。丸い空間が浮かび上がる。横幅があり、左右の壁の状態がわからなかった。
「調べるのです」
　扉を踏まないようにして中に入ると、円形の部屋に出た。壁の左右には腰掛ける為に作られたような台があった。
「この空間は使えます。あとはスマホですが」
　スマートフォンを起動させると電波状態はあまりよくない。いろいろな方向を試したものの圏外になることが多かった。
「ライブ配信は諦めて収録用に使いましょう」
　あいおは背中のリュックを下した。中に入れていた物を取り出して用意を始める。
　手慣れた作業もあって数分で完成した。
「これでいいです」
　あいおは背後に張られたグリーンの布を見て微笑む。向き直ってマイクスタンドにセットしたマイクに口を近づけた。十八番の一曲の出だしを歌う。
「どうです？」
　不安を口にしながら正面の台のスマートフォンを手に取った。収録したものを再生してみる。
　満足の出来栄えのようで笑みが零れた。
「あとは扉ですね」
　幸いなことに蝶番の部分は残っていた。足元をよく見るとネジが落ちていて嵌め直すと扉は機能を取り戻した。
　表面には真新しいプレートが付けられた。『収録部屋』とあり、その下の張り紙には『使用許可は喜矢武あいおまで』と記された。

このページにイラストを設定する