星ヶ丘の駅前をスタートし、すぐに海が見えてきた。
　ヨットハーバーやお洒落なレストランなどが並び、煌めく青い海の美しいフィールドが外部モニターに映されると、道行く人は感嘆の息を漏らす。それくらい作り込まれているから、プレイヤーだって一瞬手が止まったりしても良さそうなものなのだが――。
「逃がさない……」
　ベレロフォンが索敵を行いトライアルβが敵を滅するというリズムは、どれだけ美しい景色になっても変わらない。情報を丁寧に分析報告してくれる鷹司 凜太郎の指示に絶対の信頼を寄せ、スピカ・フォーツが的確に仕留めていく様は販促動画よりも出来がいいのではないだろうか。
　広範囲にわたる敵への攻撃を得意とするβが、敵密集地点へ腕部ワイヤーアンカーで急速接近すれば、ようやっと騎士たちはこちらを認識しアクティブモードとなる。完全防御態勢となられても、βが仕掛けるのは物理攻撃ではないため、単に装甲が厚いだけならば塞ぎようがない。
　複眼と甲殻類にも似た頭部がギラリと光る。その禍々しさは、一目ですくみ上がってしまいそうだ。
「足掻かないで。受け入れて……」
　強電磁波で敵のシステムダウンを狙い、そのまま偽のコントロール情報流し乗っ取る――通称ECMと呼ばれるそれを一体ずつに仕掛けるとなると効率が悪く見えるだろう。だが、感染するように周囲へ妨害電波が発せられたらどうだろうか。
　凶悪な頭部と打って変わって神々しいボディパーツには、中継基地の役割を持つビットが背部ユニットにマウントしてある。βが範囲制圧に向いているというのは、この悪夢のような戦い方のためだ。
　操作権を奪ったなら、あとはそのまま同士討ちさせるだけ。これで味方が増えたような物で、固い敵に時間をかけて戦わずに済む。
「さすがだね、スピカ君」
　おかげで凜太郎も、猫の救助に集中できる。どうやら索敵が得意な機体だからか、猫の存在を知らせるマーカーも事前に見ていた動画よりもハッキリと記されていて、効率よく立ち回れるのもありがたい。
　これならば、すぐに救出対象の保護も完了し敵の索敵に専念できると、そう思っていたのだが。本来であれば何もせずに敵を殲滅することだってできるはずのβが、大鋏を振るっているのが気がかりだ。
「リーダークラスでもなさそうだけど、何かあった？」
「……攻撃範囲と威力の調整が入ってる」
　取りこぼしが多少あっても、βは近接にだって対応できる。腕部シールドで攻撃を受けつつ、カウンターで大鋏を繰り出し内部回路焼き切るくらいには、応戦可能だ。
　ただ、徐々に相手にする数が増えてきては、ECMの重ねがけもままならない。
「猫は順調に救助できた。スピカ君自ら敵を倒しているとなると、壊滅の個体も多いはず……スキルゲージはどうかな？」
「残り……1/4ほど」
「それなら、そろそろお出ましだと考えた方が良さそうだね」
　猫のマーカーが周囲に無いことを確認し、凜太郎は次に探すべき対象を求めベレロフォンを空に飛行させる。雑魚が沸いてくるポイントとは別所に、強敵反応が出てくるはずだ。
「あった。星ヶ丘寮方面から一騎で南下……いや、道中で鼓舞した騎士を連れてるな」
「……軍の壊滅は、任せて……」
　何体引き連れてこようとも、操作権を奪取すればこちらのもの。βが準備を整えやすいように、遠距離から攻撃を仕掛ける無粋なリーダーにはベレロフォンの矢で消滅を狙う。
「これなら……」
　ボスが引き連れてきた軍は掌握した。今なら反撃も――。
「スピカ君っ！」
　敵の反応に異変を感じた凜太郎は、素早くβの元へと駆けつけた。
　同じくして不抜けた騎士に渇をいれるように、ボスは剣を掲げ咆哮を上げる。それに続くように操作権を奪ったはずの騎士が目を覚ますように続いて、同じように咆哮を上げていくではないか。
　団結した鬨の声は地響きのような圧となり、エネルギー波となって２人に襲いかかってくる。
「……リンタロウ、ダメージ……！」
「すまないね、守らないって選択肢は無かったものだから。だけど」
　モニターを見やればスキルゲージが溜まっている。心のままに動くことでゲージが溜まるなど、にくい演出もあったものだ。
「スピカ君、そろそろ攻め時じゃないかな？」
「フルチャージ。一気に、決めに行こう……」
　鼓舞をすることで正気に戻すと言うのなら、それを上回る力で制圧するだけ。
　βがスキルゲージを消費して、超広範囲＆超強力なECM（インセイン・ウェイブ）を発動する。これなら、操作権をさらに奪い返すことも、届かなかった範囲の敵をも制圧が可能だ。
「これこそが、βの……真なる力……」
「ふふ、頼もしいね」
　敵の全ての動きを封じ、ボスが弱体化したチャンスを、凜太郎は見逃さない。
　スキルゲージを消費して、高威力にエネルギーを溜めた矢を生成。
　どれだけ威力を上げても照準はブレず、正しき目と心で射れば撃つべき相手に矢は届く――流星のごとく煌めきを放つ正射正中（ステラ）が、ボスを瀕死にさせるほどのダメージを与えた。

　アンケートに答え、揃いの販促グッズを貰って。そこに書かれたサブタイトルに凜太郎は苦笑する。ゲームのイメージに合わせて改変されたのだろう『比翼連撃』という言葉も、まあ悪くは無いけれど。
「比翼連理って僕達の為にあるような言葉だよね」
　連なり、寄り添い。いつまでも共にあることを契った男女に相応しい言葉。
「……たしかに。比翼連理って、言葉は……私たちの、ためにあるような……」
　別々の木でも幹が絡むようにそっと指を絡ませて、２人は来た時と同じように、仲睦まじく買い物に戻っていった。