大きな筐体に、多種多様の操作レバー。その頭上の吹き抜けスペースには、巨大スクリーンにゲームのプレイ画面が映し出されていて、複数階の道行く人の目にとまる。
　イベントを知らずにやってきた、興味のない人だって販促に力を入れてるゲームだなと認識できるのに、カプセルギアを持っていてゲームが好きならば見落とすわけもない。
「新しい、ロケテ……？」
　恋人と共にショッピングフロアを歩いていたスピカ・フォーツは、巨大なスクリーンに釣られた視線を階下に向ける。コクピットのような大型筐体が並ぶフロアには、カプギア紹介のコーナーやトイカプセルの販売スペースもあり、とても興味を惹かれるものだった。
　淡々としているように見えて微細な変化を伝える彼女の横顔に、鷹司 凜太郎は小さく頬を緩めて同じように会場を見下ろす。
「へぇ、今作は僕達に向いていそうなテーマだね」
　戦況に応じて、時に気分によって。複数体のカプギアを持つ凜太郎でさえ関心を寄せるのは、チームメイトと共に連携してゲームを進めていくという内容だ。
　カプギアのバトルは１対１でもチーム戦でも行われるから、戦況を見ながら足並みを揃えたり、状況を覆すために切り込んでいった機体をサポートしたりというのは当たり前に行われる。
　だから『連携』というキーワード自体は目新しくないはずなのに、まるで比翼のように寄り添って連撃を繰り出すバーストスキルのムービーだとか、あちこちに『絆で戦え』と大きく書かれれば、この愛しき人とプレイしたくなるのも当然だろう。
「リンタロウ、行ってみよ……」
　二人ともギアを持っていて、絆に自信があって。やらないという選択肢はスピカにも無かった。
　けれども、ただ仲睦まじくゲームを楽しめればいいだなんて甘い考えもない。
「……やるからには、スコアとるけど……」
　普通にプレイしただけでは、きっとスコアも伸び悩む。隠しボーナスのような要素を効率よく回収していく必要があるだろう。それはきっと連携技を決めた時とか、絆がテーマだというなら――。
　考え事をしながらエスカレーターに乗ろうとしたスピカの腰を抱き、凜太郎は彼女の考えを一時中断させる。
「作戦は、ゲームの紹介をもう少し見てから考えよう。今は足元に気をつけてくれるかな？」
「……ごめん。ありがとう」
　恋人のエスコートによって安全にエスカレーターを乗り降りするような、ほのぼのと甘い空気を漂わせる２人だけれど。体験できるフィールドや敵の情報を事前調査しつつ出撃させる機体について話し合う程度には、とても熱心なファンだというのが見て取れる。
　スタッフは、２人のゲーム満足度がどんな評価になるのか、ヒヤヒヤしながら見守った。



　新作ゲームを姉の仙藤 紫とできるチャンス。
　ワクワクした心を抑えきれない仙藤 蒼は、意図してか上目遣いで少し甘えるように誘いかける。
「一緒にやろ？」
　こんな風におねだりをされれば拒否権もなく、紫はいつだって苦笑してそれを受け入れる。もう何度となく繰り返される姉妹のお約束でも、お誘いが成功すると蒼はとても嬉しそうに笑うので、紫もこの笑顔見たさに叶えてあげたいと思うのだろう。
「それじゃあゲームのその前にっ」
　展示品と愛機Diablo Azulを参考に、蒼はカプセルギアについて説明をする。ゲームにもカプギアにも詳しくない紫だが、妹が嬉しそうにプレゼンをしてくる姿に少し興味を持ったようだ。
「このロボットは、属性があるのね？」
「そう！　といっても、じゃんけんみたいにハッキリ強弱が決まっているものじゃなくて、戦闘スタイルのキャラ付けに近いかな」
　攻撃力を取るか、守備力を取るか。それらを程々に速さをとるかはパーツの組み合わせとマスターのプレイスタイル次第――なのだが、ゲームはもちろん喧嘩など勝負事も好まない紫にとって、どういう戦い方が自分の肌に合うかはイメージできずにいた。
　とはいえ、今回の自分の役回りは妹に花を持たせることだろう。
（蒼の機体は中距離攻撃が得意だから……）
　それより早く敵に駆けつける必要もないし、敵に近づかれないなら蒼を守るための守備力も必要ない。そうして選択肢を切り捨てていけば、Diablo Azulが活躍する戦い方は自ずと絞られる。
「蒼が遠くから攻撃をして、敵の体力をある程度削ぐ。その撃ち漏らしを確実に仕留められるように、私は近接のパワー系がいいかしら」
　回復や補助など支援がメインの機体があれば、また違った作戦も思いついたかもしれない。だが、提示された３種類から戦うことを前提に選ぶのならば、これが無難だろう――というのは素人考えだ、ゲームに詳しい蒼ならば、意外な戦法が飛び出てくるかと意見を求める。すると蒼は、少し興奮気味に両手を握りしめた。
「お姉ちゃん凄いっ！　これで役割分担はバッチリだね」
　素質があるんじゃないかと持て囃す蒼に、その通り動かせたらねと紫は苦笑して。
　カプギアとゲームについての予習が終わった二人は、ロケテの待機列に並ぶことにした。



「にーちゃん、にーちゃんっ！　見つけたっ、あそこ!!」
「落ち着け。イベントは逃げないだろ？」
　目をキラキラさせて大興奮な滝原 カノンに押し切られ、しょうがないなと笑みを零す滝原 レオンの姿は、周囲から見れば『弟に付き合ってあげる良いお兄ちゃん』に見えたことだろう。
　確かに、レオンがここへ来た理由の７割、いや８割ほどは、カノンにお願いされたからだ。可愛い弟が楽しそうにせがんできて、断るなんて悪の所業ができるものか。
　では残り３割は何かというと――単純に新作ゲームという響きに興味を示している。
　操作に悪戦苦闘したこともあったカプギアだが、今ではアタランテーも優雅に動くようになってきた。アプリの操作が複雑難解にアップグレードしたというなら眉間に皺を寄せる所だが、体感ゲームとして反射的に操縦できるコントローラーなら、機械に自信が無いレオンにも心強い。
（しかもゲームは、仲が良ければ有利っていうしな）
　であれば、俺たち兄弟に敵などいまい。……というのが言い過ぎだとしても、そこそこに良いスコアは期待できるのではないだろうか。
　ちらりと近くに並ぶ人を見れば、すでにA.I.C.O.のアプリを起動させて待機している仲睦まじいカップルに、姉へカプギアの説明をする負けず劣らず仲の良い姉妹がいる。
「ねぇねぇ、にーちゃんは遠距離攻撃のタイプだし前線にはおれがでて……」
「ダメだ、敵を殴るだけじゃ勝てない」
「うん……うん？」
　誰に？　カノンは小首を傾げているが、レオンは構わず熱の入った作戦を講じる。
「あくまでも、クエストは猫助けだ。報酬はそっちが固いだろうから、敵は後方から俺が排除する。カノンは撃ち漏らしを蹴散らしながら、猫を助けてくれ」
「でも、おれも……」
　ぎゅっとキングニャーサーを握りしめて、格好良く剣を振り回したいと言いたかった。そんなおこぼれみたいな敵退治は嫌だと、わがままを言いたかった。
（でも、もう小学生でもないんだし……にーちゃんも困るかな）
　不安げにレオンを見ても、レオンは前のグループがプレイする様子を観察していて、カノンのしょぼくれた様子には気付かない。ただ、並々ならぬ闘志を宿す瞳にこのゲームを楽しみにしていることだけは伝わってきた。
「やるなら絶対勝つぞ、カノン。雑魚はともかく、お前の協力がないと勝てない敵もいるんだからな」
「……うんっ！　強い敵が出てきたら一緒に戦って、いっちばんのスコア出そうね！」
　ゲームを好きになったのは、兄の影響だ。ならば己が楽しい遊び方をするのではなく、兄にも楽しんでもらいたいのは当然のこと。カノンはレオンの頼もしい顔を見て、得意げに笑った。





- - A.I.C.O.　　STARTING - -

> ORDER? <