今日が今日であればいいさ｜リアクション

今日が今日であればいいさ

　その後源一と寛美はぶらぶらと、服屋やゲームセンター、ファンシーショップなどを冷やかして回った。特に何かを買うわけでもない。クレーンゲームだって眺めるだけだ。けれど贅沢な時間の使い方ではあると源一は思う。どこがどう贅沢なのかと説明を求められればたちまち窮してしまうだろうが、それでもこの気持ちにゆるぎはない。
　歩き疲れるほど歩き回って、色々見たなと源一は告げた。
「どれも自分ひとりじゃ滅多に行かない場所ばかりだ」
「源一もか？」
　寛美が言う。
「最近誘ってくれる物好きもねーんで、とんとご無沙汰だったんだよな、こういうとこ行くのって。おかげでリフレッシュできたぜ」
　歩いているうち駅舎に着いた。気がつけばもう夕刻近い。
「じゃ、俺はトレーニング兼ねて歩いて帰るからよ」
　ここでお別れだなと寛美は言った。
「ああ……そうだな」
　なら付き合う、と言うタイミングを逃してしまい、源一は電車に乗ることになってしまった。たしか寛美は九夜山方面に住んでいたのではなかったか。駅は山とは反対方向だ。うっかり送ってもらうかたちになってしまったわけである。
　今さら「やはり歩こう」と言い出せない自分がうらめしい。
　寛美は柱時計を見上げた。
「もうすぐ電車来るぜ。行ったほうがいいんじゃねーか？」
「待て、詠」
「どうした藪から棒に？」
「ひとつ教えてほしい」
　これまでになく真剣な顔になっているであろう自分を意識しつつも、源一は問わずにはいられなかった。
「詠は卒業後ここで……寝子島で暮らしていくのか？」
　ずっと気になっていたことだ。これだけは知っておきたかった。
「わかんねー」
　寛美は肩をすくめる。だがこうも言った。
「けどよ、できることなら島に残りたい、って思ってはいるぜ」
　ここっていいところなんだよな、とまた、真夏のひまわりを思わせる笑顔で言う。
「暑さほどほど寒さほどほどで、夏は泳ぐところに困らねーし冬は雪だって降る。うんざりするほど都会じゃねぇが、田舎というには便利すぎるくらいの街だ。なにより活気に満ちてるよな。なんか楽しいこと、イベントみたいなのしょっちゅうあるしさ……よーするに、いい感じってことだ。辻投げ時代に全国を巡ったけどよ、俺は寝子島が一番気に入ってるんだ、うん」
「そうか……たとえば、六年後もいたい、とか？」
　源一の口から具体的な数字が出たのは、医学部が六年制であることと関係があるのかもしれない。
　わははと寛美は大笑いした。
「そんな遠い先のことわからねーよ。卒業後の進路だってわかんねぇのに」
　たしかにそうかもしれない。「そもそも明日だってわかんねぇ」と言って寛美はつづけた。
「俺はこう思ってんだ。『今日が今日であればいいさ』ってな」
「そうか、大切なのはまず今日か」
　源一は腕組みした。一種の真理だと感じ入ったのだ。
　ならば、しっかりと『今日』のことを伝えよう。
「今日は楽しかった」
「俺も」
　寛美も応じた。
　今日はずっと、こういった気軽なやりとりを望んでいたのだと源一は思った。その望みは何度もかなった。
　もうひとつ、源一が伝えたい言葉があった。告白さながらに緊張しつつ思い切って言う。
「友達になってほしい」
　……言ってしまった。
　カフェでいだいたような悪い想像が源一の心中で一瞬鎌首をもたげかけるも、具体的な寛美の反応を思い浮かべるよりずっと早く、いやほとんど、放った打球をボレーで返すがごとく、
「何言ってんだ？　とっくに友達だと思ってたぞ。今日よりもっと前から」
　真顔で言うから何かと思った、と屈託なく寛美は告げたのである。
「大げさすぎたか……」
「おう、大げさだぜ」
　まあその大げさなあたりがなぁ、と寛美は言うのだ。
「伊織らしいところだよな。もちろん、長所だと思うぜ」
　シロフォンの音色に導かれて場内アナウンスが流れた。そろそろ電車がホームに入るらしい。
　寛美は手を振る。
「またな」
　源一も手を振る。
「ああ、また」
　ふたりはあい別れたが、なお幾度も振り向きあった。　

　
　――『今日が今日であればいいさ』　了

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あとがき

担当マスター：桂木京介
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　リクエストありがとうございました。桂木京介です。

　プライベートシナリオ恒例のボーナストラックとして、あとがきはコメント欄で行います。
　通常シナリオとは違って文字数限界まで書いておりますのでお楽しみに。

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　桂木京介でした！

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