まるでそびえ立つ壁、それも、ぎっしりと分厚い超重量級の壁だ。神殿の柱に喩(たと)えるほうが適切か。何年も洗っては干してを繰り返し、ごわごわの浅黄色になった稽古着に灰色の袴、素足に草履履き、懐手して歩む姿はさながら山が動いているかのよう。
鍛え上げた肉体に太い首、伸ばし放しの蓬髪はそろそろ床屋に行かねばならぬ状態で、イガグリのような頬ひげに鋭い眼光もあって、江戸の昔なら素浪人、現代でも無頼漢という呼び名の似合いそうな外観だが、その実この男は県外の国立大医学部生という知性派の一面ももつ。姓は伊織、名は源一、あわせて
伊織 源一が彼の名だ。
源一が歩めば先から来る大人とりわけ男性は、意識的にせよ無意識にせよ道を大きく迂回しがちで、なかにはわざわざ角を曲がって道を変えたりする者もいるのだが、ちいさな子どもであればむしろ寄ってくるし、赤ん坊であれば彼に手を振ったりもする。この島によくいる猫も源一には好意的だ。動物園の象でも見ている気持ちなのだろうか、それとも純真な者は、源一の外観に惑わされぬだけなのか。
ここにも一人、源一に近づいてくる者があった。幼児ではないしましてや赤子でもない。強いて言えば猫が近いだろうか。
「伊織!」
呼びかける。
「伊織じゃねぇか」
ぐるっと源一の前に回ってかく言った。
「もう大学卒業……はマァしてねーな。どうしたこんな時期に?」
最初の一声でもう源一は、相手が誰か気がついていた。
詠 寛美だ。
よく焼けた浅黒い肌、意志の強そうな太い眉、子鹿を思わせる身の軽さも、ハキハキとした口調も何一つ変わらない。すり切れたジーンズに襟口のよれた白いTシャツ、留め具が外れそうなサンダルを履いていた。
「夏休みだ」
短く素っ気ない返事だが、源一の目元はわずかに緩んでいる。
期せずしてここは、
あの日寛美と出会った神社の前だった。
「夏休み? もう九月だぜ?」
「大学の夏休みは長い。今月末まである」
「マジでか!?」
すげーなーと目を見張って寛美は言った。
「で、盆の帰郷ってわけだ」
「そういったところだ」
数ヶ月離れていただけだというのに、源一は寝子島に戻るなり懐かしさを覚えていた。元の家に戻り祖父と過ごす静かな日々は、街全体がうっすらとした苛立ちに包まれているような都会とは別世界に思えたものだ。
「ナンだよ戻ってるなら知らせてくれても……」
「知らせる方法がなかった。すまん」
源一は頭を下げた。
「いや謝るなって。考えてみたら悪いのは俺だ。電話番号も教えてなかったからな」
悪ぃ悪ぃと寛美は苦笑いして、
「そうだ。せっかく会ったんだし……伊織、今日なんか用事あるか?」
「いや」
「だったら付き合ってくれよ、買い物。まず本屋な」
「本屋……?」
寛美の口から出るには意外すぎる単語だ。
いや俺ももう高三だろ、と寛美は言った。
「なもんで、ちったぁ進路も考えないとなー、ってのがあってさ……」
こっそり秘密を打ち明けるかのように、視線を泳がせ頬をかく寛美である。
リクエストありがとうございました! 桂木京介です。
お待たせしました、伊織 源一様へのプライベートシナリオをお届けします!
概要
まだまだ残暑厳しい九月の朝、源一様はあれこれ縁のある詠 寛美と道ばたで出会いました。買い物につきあってくれと言う寛美に応じ、丸一日ふたりだけですごすことになります。
お互いそんな意識はないかもしれませんが、第三者視点からはデートのように見える――というお話にしたいと思っています。
寛美は進路について考えている様子です。
彼女は複雑な家庭環境にあり、実家からは圧力も受けていたようですが、現在はそのくびきから逃れ自由な生活をしています。といっても、学業成績は壊滅的に悪いので進学の希望はなく、「なんとなればフリーターでもいいかぁ」くらいの(よく言えば楽天的、悪く言えば無計画な)意識でいるようです。
せっかくのプライベートシナリオですので自由に、気のおもむくままアクションをかけていただければと思います。
一度は書店に行く、という寛美の希望こそありますが、他に行く場所や活動についてはまったく制限はありません。どうぞご提案ください。
アクションを楽しみにお待ちしております。
それでは、次はリアクションで会いましょう!
桂木京介でした。