"So Close"｜リアクション

"So Close"

　ほうきで部屋を掃く。畳の目にそって掃く。
　尚輝の手にしたちり取りにゴミを集めていく。
　尚輝のTシャツに時子は目を落とした。青いTシャツにはシーサーという沖縄の守り神が描かれている。ライオンのようでもあり狛犬のようでもある独特の風貌だ。
「沖縄のご旅行では、何が印象に残りましたか？」
「やはり首里城公園ですね。建造物のほとんどは戦争で焼け落ちてしまったので復元でしかありませんが、それでも圧倒されるような風格がありました。青い空の下に真っ赤な建物があって、緑の芝がひろがっていて……」
「ロマンティックですね」
「あ……でも、外で売っていたドラゴンフルーツのほうが印象的だったかもしれません。甘そうなのに意外とあっさり味で」
　などと尚輝は時子を笑わせる。
　時子は話題の方向を変えた。
「まゆ先生たちはどうでした？」
「だいたい一緒にいましたよ」
「もしかして、まゆ先生とずっと……おふたりだったとか？」
　恐る恐る、しかしどうしても気になる質問を時子は投じた。
　いっぽう尚輝はあっさりしたものだった。
「いえ、久保田先生と樋口先生も一緒でした」
　なお往復の飛行機はともに二人がけの席だったが、たまたま搭乗した順でいずれも尚輝は樋口弥生の隣だったとのことである。相原まゆは尚輝の隣に座ろうとしたのかもしれないが、尚輝の知るところではない。
「僕、それまで学校以外で樋口先生と話したことがなかったから、機内で話が途切れたらどうしようかと緊張してましたが……樋口先生も無口だったので助かりました」
　行きも帰りも尚輝、やよいはそろって、無言で座席備え付けの落ちものパズルゲームを遊んでいたということだ。すぐ後ろの席ではまゆが酒を飲み『ううー』とうなっていたかもしれないが、やはり尚輝の知るところではない。
　そうですか、といくらか胸をなで下ろしつつ時子はなおも訊いてみる。
「まゆ先生たちとのエピソードで、何か印象的なものってありますか？」
「ええと……」
　しばらく尚輝は考えるようにまばたきしてから言った。
「そうそう、首里城の外でドラゴンフルーツ食べたいって言い出したのは相原先生でしたね。気に入ったみたいで追加注文までしてました。元気ですよね」
　とぼけているわけではないだろう。尚輝はそういう腹芸ができる人ではないのだから。
「まゆ先生たちがご一緒なら、食事を忘れる心配はないですね」
「食事といえば」
　思い出しましたと尚輝が言う。
「最初の夜、ホテルのバーでお酒を飲んでしまって……もともと僕、弱いんですけど、疲れていたのかグラス半分くらいで寝てしまいましたよ」
　尚輝たちは二泊三日だったはずだ。そうすると当然、二晩目も気になるところだがこちらも回答は同様だった。
「二日目はビーチで泳いだんですが、日ごろ体を動かしていないものですからすぐへばってしまって……ほどほどにして抜けさせてもらって、僕はスパで岩盤浴とサウナを交互に味わってました」
　これは極上のひとときだったようだ。しかし心身ともにとろけてしまって、その夜も尚輝は八時ごろにはもう就寝したという。夢も見ない熟睡だったらしい。
「では尚輝先生は、まゆ先生と話す機会はあまりなかったんですか？」
　尚輝はまた暫時考えこんだあげくこう回答した。
「そうですね……久保田先生と樋口先生がお手洗いのときくらいですかね」
　まゆ先生のことばかり訊くのは、と思ったが、それでも時子はあえて訊かずにはいられなかった。
「尚輝先生はまゆ先生のこと、どう思われてますか？」
「人気のある先生ですね」
「いえ、同僚教師とではなく、人として」
「面白い人ですよね。僕陰気だから、学生時代もずっとクラスの中心にいたっぽい相原先生にはむしろ嫌われてると思ってました。なので旅行に誘われたのは意外だったというか……驚きました」
　ここまで踏みこんでいいのだろうか。迷いはあったが、あえてさらりと時子は尋ねる。
「その……恋愛対象とか……になるかどうかという意味ではどうです？」
「恋愛？　僕が？」
　それこそ、と尚輝は目を転じて、
「さっき話に出たドラマでもありえないですよ」
　いまは棚に収まっているDVDボックスを見るのだった。
　笑い飛ばすかと思いきや、尚輝の表情はいささか陰った。
「ここだけの話ですけど……相原先生や久保田先生って、僕の姉たちと似たタイプなんですよ……。尊敬はしてますけど、おっかなくて恋愛対象だなんてとても……」
　言いかけたところで、尚輝ははっと我に返ったように背を丸めた。
「すいません！　御巫さん、いまの話はその……」
「ええ」
　時子は心からの笑みを見せて言った。
「他言しませんし、もう忘れました」

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"So Close"

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