"So Close"｜リアクション

"So Close"

　数分ほどで改めて、時子は尚輝の部屋に案内された。
「お邪魔します」
「ど……どうぞ……」
　シーサーの絵が描かれたTシャツにブラックジーンズ、学校で見る姿とはちがっていかにも休日といった尚輝の装いだ。もとのルックが若いこともあって、こういうさっぱりした姿をすると大学生くらいに見える。
　部屋は薄暗く、カーテンも引かれているせいで全貌はまだ見えない。
「あかり付けます。クーラーも」
　言ったはいいものの早々に、リモコンどこだったかなぁと尚輝はうろうろするはめとなった。
　さもあろう、まるで魔窟の散らかり方だったからだ。電気がついてすぐ時子は理解した。
　畳敷きの部屋のあちこちに、学術誌や分厚い本がつみかさなってタワーをなしている。本来収まる場所たる書棚だって、満員電車なみにパンパンだ。請求書や宅配便の不在通知、学校で使うプリント類も、あるいは丸められあるいは折りたたまれてカオティックに散乱しており、合間を縫うように点々と、ペンや消しゴムなどの文具が落ちている。二宮金次郎の背負う薪ばりに束ねられたものが部屋の隅にころがっていた。何かと思いよく見ると、すべて通販の段ボール箱を中途半端につぶして重ねたものなのだった。
「片付けが苦手でして……お恥ずかしい限りで」
　恐縮しながら尚輝は、「あった」と言って平安貴族の杓みたいな長いリモコンを持ち上げてエアコンに向けた。しばらくカチカチとやって、どうやら電池が切れているらしいと気づくまで数秒かかった。なので今度はまた「電池電池……」とうろうろしはじめる。
　テレビはあるがあまり観ていないらしい。なぜなら画面の前にも書籍の塔ができつつあったからだ。ほこりをかぶったDVDケースの大半は、科学ドキュメンタリーや海外のサイエンス番組らしい。劇映画もあるにはあるが、ニコラ・テスラやラボアジエを主役にすえたものばかりだ。そんないかめしいルックのなか、なぜか韓国ドラマのDVDボックスがひとつだけポンと置いてあった。桃色と水色を配した華やかなパッケージということもあって、これだけやたらと浮いていた。
　郵便物は食卓の上におかれっぱなし、屑かごも洗濯かごも満載、部屋の隅には埃溜まりができているといった塩梅で、尚輝の『片付けが苦手』という言葉を肯定する状況証拠には事欠かない。
　ただ、台所まわりだけは清潔だった。というより、ほとんど使っていないようでがらんとしている。壁のフックにフライパンが吊られているものの、購入時のタグすら取っていない新品ではないか。
　使用感がない、という言葉は冷蔵庫にもあてはまった。
「買ってきた食材、入れますね」
「あ、はい、お願いします」
　時子が３ドア冷蔵庫の扉を開けると、すっきり片付いた……というよりかぎりなく空白に近い庫内空間があきらかになる。家電店の展示品かとみまがうばかりだ。沖縄で買ったとおぼしき土産物屋の包みが大棚にひとつあるきりで、食材らしい食材がまるでない。あとはドリンクホルダーにペットボトルのお茶が数本立ててあるだけだ。卵ケースも空、氷と数個の保冷剤をのぞけばフリーザーも空だ。尚輝が家で料理をしない、というより、部屋では食事そのものをあまりしないというのはまちがいないだろう。しばしば光熱費を払い忘れ、電気ガス水道を止められてから気がつく尚輝である。冷蔵庫を過信しないほうがいいのかもしれない。なお今日は、時子が来ると聞いて急いで光熱費を振り込んだおかげでセーフだったそうだ。
　冷蔵庫が空なら詰めればいいだけだ。
　時子はヒマワリ柄のエコバッグから、商店街のスーパーで買った食材を取りだしては収納していく。
　さて、と手をはたいて、時子は持参のトートバッグを持ち上げた。
「あ、ついた」
　ようやく電池を入れ替え終わり、クーラーをピッと起動したばかりの尚輝に時子は声をかける。
「エアコンはしばらく止めておきましょう。かわりに尚輝先生、よければぜんぶの窓をあけていただけませんか？　カーテンも」
　時子がトートから取り出したのは、真新しい三角巾だった。それにゴム手袋、エプロンにはたき、マスクに雑巾、大量のビニール袋にビニール紐、ガムテープなどなどである。
「いまから掃除をはじめますので」

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"So Close"

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