霊界ポストからの手紙｜リアクション

霊界ポストからの手紙

●１６時３３分：そして冒頭へと至る
「……？　このトンネルのことですね。日付は……今日、もう間もなくを指しているようです」
　五十鈴は不審に過ぎる手紙から視線を外し、この場に集う幾人かのそれをも盗み見て。
　まず、小さな溜め息を漏らした。
「ここで大事故なんか起きたら、同業者が増えて騒がしくなるじゃないですか」
　それは御免被りたい。
　なにしろ賑やかなのは性に合わないから。
　できれば阻止してやりたいところだが――五十鈴はふむと宙を見上げ、思案を巡らせる。
　他の者たちと違い不安も焦りもないのは生来の性分もあるが、何より彼女が幽霊だからだろう。
「そう言えば……」
　やがて金の双眸を路端の向こうの藪に向け、のんびり歩み寄って分け入るでもなく突き進む。
　程なく野草に埋もれた金板を認めて、気持ち嬉しそうに微笑んだ。
　錆び放題の看板を立てて埃を払い、記された文言を確かめてみる。

　トンネル内作業中！　ライト点灯最徐行！！

「そうそう、これです。よかった、まだあったんですね」
　この案内板をトンネル入り口の横に置いておけば、真っ当なドライバーなら減速する筈だ。
　事故が起こらないのが一番だが、そうでなくとも徐行していれば軽微なもので済むだろう。
　五十鈴は誰の目にも触れぬ身なのをいいことに、しれっと適所へ看板を設置する。
　すると丁度トンネルの中から先ほど通ったバイクがなぜだか戻ってきて、路端に停車し、かと思えばそのライダーの女性はメットを外し、スマートフォンを取り出してどこかへ電話をかけ始めた。
「もしもし、△△トンネルの中で何か落ちたみたいなんだけど」
　彼女の言葉に五十鈴はおやと目を丸くした。
「もしかしたら老朽化した場所からコンクリートが崩れたのかも。確認してもらえる？」
　口ぶりからして電話の相手は道路の管理事務所あたりだろうか。
　五十鈴としては看板を子供の悪戯とでも思われればいいと考えていた。
「それで済むならかわいいものじゃない」
　だが、実際に何かあったのなら穏便に済ませようだとか気を揉むこともない。
　そんなふうに思っていると、ライダーがいつの間にか立てられていた看板に目を丸くして、それからなんだかつい先ほど見たような手紙を取り出し、安堵の溜め息を漏らしている。
「なるほど、あなたもでしたか」
　五十鈴は少しだけ微笑んだ。
　きっと彼女もまた、事故を未然に防ぐために奔走したのだろう。
　ひょっとしたらさっき電話で語っていた内容も、既成事実か何かだったのかも知れない。
　ほどなく数台の車両がトンネルに差し掛かり、いずれもしっかり減速してから侵入していった。
　しばらく耳を澄ませてみたが、特に派手な物音もせず、何事も起きていないようだ。
「……ふう。手紙にあった田中さん一家も、無事に通り過ぎてくれたかしら」
　五十鈴は小さく息をついて、けれど少しだけ不穏な可能性を思った。
「まさか、事故を起こそうとした元凶の悪霊が何処からか現れて、犠牲がなかったことに激怒して案内板を蹴っ飛ばして、更なる事故を起こそうとしたりなんて……しないですよね？」
　だが、依然通行車両は徐行を守っているし、それ以上のことが起こる気配はない。
　知人の和尚を頼る必要もなさそうだ。
「結局あの手紙がなんなのかは気になるところだけど――」
　五十鈴は看板にもたれかかり、頬杖をついて流れるヘッドライトをただ眺めた。

「とりあえず、よかった」
　例の手紙を携えて集った者たちが散り散りに引き上げて行く中、ライダー――アリサもまた、念のためこの場に留まっていた。
　恐らくトンネルは緊急点検となるが、少なくともそれまでは見守るつもりだ。

　何気なくスマートフォンの画面を見ると、時刻は１７時を回ろうとしていた。

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