すべき恋など決まってない｜リアクション

すべき恋など決まってない

　-私は- ここにいるのに。-私が- ここにいるのに。
　なのにどうして、気持ちがついていかないんだろう。自分のことなのに、まるで映画を傍観しているような気分だ。
　七夜あおいが夜空を見上げて瞬けば、赤い月は少し輝きを増した気がする。
　薄雲がかかって光が乱反射しているだけにも、甘い手招きのようにも見えて、あおいは瞼を閉じた。
　それから深呼吸を一つして、ゆっくり瞼を開く直前――耐えかねてあおいは苦笑してしまった。
（そんなに怒らなくても……大丈夫だよ）
　心の『彼女』に彼との再会を望むかと問いかけて、叱られてしまったのだ。
　会いたくないと言えば嘘になるけれど、他人の身体を奪ってまですることじゃないと……きっぱり。
　どこかで不安の一つとなっていたから、その言葉を聞けてあおいは安堵した。
（私で、大丈夫）
　パーカーのポケットに入れておいた小さな木彫りの狐を手に取って、それを選んだときを思い出す。
　あの時も心の中で『彼女』とお喋りをしていた。でも、選んだのは自分なんだ。
　誰かに言われて手に取ったんじゃなく、自分の意思で……この狐を選び取った。
　だからきっと、何に頼らなくても。自分の気持ちを信じて大丈夫だと言い聞かせる。
「……あおい？」
　様子を窺うようにしていた八神修が、落ち着いた面差しのあおいに声をかけた。
　今呼ばれたのは、どちらのあおいだろう。そんな不安が払拭しきれなくて、あおいは不安げに視線を落とす。
　修は声をかけるのが早かっただろうかと思案し、それでも何もせずに立ち去ることはしたくなくて、小さな棒付き飴を差し出した。
「まずは祭を巡らないか？」
　何の取り繕いもない、シンプルな誘い。
　逃げるように駆け出したことを責めもせず、無理に心のうちを暴こうと問い詰めもせず。修はあおいが返答するのを待った。
　恐る恐ると言ったように目線を上げるあおいに、修は柔らかく微笑み返す。
　その笑みを、自分に向けられていると勘違いするのが怖くて、あおいは自信なさげに呟いた。
「……私で、いいの？」
　その言葉に、修は一瞬試されているのかと目を瞬かせる。
　例えば、目の前のあおいが誰かが化けた物なのかとか、違う『あおい』なのかとか。
　あらゆる可能性を考えてみて、不安そうにするあおいは「今日初めて会ったあおい」しかいないだろうと答えを出した。
（いや、少し違うな）
　笑ってほしいと思う。もっと喜ばせて、たくさんの小さな幸せでぎゅうぎゅうに包んであげたい。
「折角の祭だ。そんな不安そうな顔じゃなくて、楽しんで欲しいなって思うよ」
　可能性だとか比較とか、場合によっては分析が役立つこともあるけれど、今必要なのはそれじゃない。
　ただ自分の鼓動がトクトクといつもより早足になる音だけを信じればいい。
「対の人形を選んでくれたあおいだから、一緒にいたいんだ」
　月の薄雲が晴れて、あおいの瞳が静かにきらめく。
　少なからず今は、自分を見てくれている。私でいいのだと言ってくれた、そんな気がして。
「ありがとうっ！」
　ホッとするように顔を綻ばせたあおいは、棒付き飴を持つ修の手を両手で包む。
　どうか彼と、一対の人形を選べた縁がありますようにと、願いを込めて。

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