苦手なものは苦手なんだからしょうがない!!　―家庭科の補習―｜リアクション

苦手なものは苦手なんだからしょうがない!!　―家庭科の補習―

　ホイルを敷いたフライパンで鮭を焼いている間、梅干しを潰して青ネギを刻み。小さなボールにおにぎりの具材数種を手際よく用意しながら、朝鳥さゆるは何をやっているのだろうかとため息を吐く。
　酷い熱で数日寝込み、久しぶりに登校できたというのに……そんな日に限って、世話焼きな白沢絢子に見つかり、補習に誘われた。
　出席日数に問題はあるが、絢子はそういったお小言は口に出さない。
　会えば「元気な顔が見れて嬉しいわ」と微笑み、こうして何か行うときは「また朝鳥さんの美味しい料理が食べたいわね」と誘ってくれる。
　みんなの母親的存在として慕われる彼女に、強く断りをいれることもできずに何度も顔をだしてしまうのは、嫌な大人の打算的な裏の顔が見えないからだろうか。
　渋々と参加する割に、仕込みが必要そうな料理は事前に相談したりと真面目に取り組んでしまうのは、性分なのだとは思うが――これ以上考えても答えは出なさそうだ。
　鮭も焼き上がったことだし、小骨が取りやすい内にほぐしていき、皮も細かく刻む。そういえば、こうして料理をすることはどれくらいぶりだろう。
　一緒にくらしている姫木じゅんは、家事が全くできない。特に食事はテイクアウトかデリバリーばかりで、稀に外食もあるというくらいにはキッチンに立つ姿を見たことが無い。
　そんな彼女にあわせて食事をしているから、さゆる自身も手料理を振る舞ったという記憶がない。
（……今度、何か作ってみようか）
　ほぐした鮭に刻んでおいた青ネギを和え、そこに醤油とごま油を少し。温かいご飯を混ぜ込めば、食欲をそそる香りが立ち上る。
「さすが朝鳥さんね。彩りもいいし……こっちは梅干しと鰹節を和えたのかしら？」
　様子を見に来た絢子は、とても嬉しそうにしている。
　……じゅんも、こんな風に喜んでくれるだろうか。
「はい……口に合うか、わからないですけど」
　ぽつりと呟いたさゆるが心配しているのは、違うことなのだろう。
　年長者の勘として、なんとなくそう思った絢子は「大丈夫よ」と微笑んだ。
「どうしても違う人間だもの、慣れ親しんだ味や好みは違うものよ。でも歩み寄ればいいわ」
　特に卵焼きや味噌汁の味なんて家々で違うのが当たり前だ、そこに正統も邪道も存在しない。
　そうやってぶつかってしまったなら、新しい味を見つけたらいいだけなのよ、と。
「自分の慣れた味が美味しいと言われたら嬉しいし、そうじゃないからと相手に合わせて味付けを変えられる柔軟さも素敵だわ。でもそれで朝鳥さんが美味しくないと感じたら、食事が楽しくないでしょう？」
　一緒に食事をしたいと思える大切な人と、楽しい時間を過ごすためにどうするか。
　それを話し合うにも、まずは食べて貰わなければ始まらない。
「口に合うかなんて一人で悩むことじゃないわ、一緒に合わせていくものよ」
　どうなったか、また聞かせてちょうだいねと笑って、絢子は他のグループの様子を見に行ってしまった。
　そんなお喋りな様子に圧倒されただけな気もするけれど。
　どうしようかという迷いが晴れて、じゅんのために何を作ってみようかと考えられるくらいには、さゆるの気持ちは前向きになった。

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