けもののくらし｜リアクション

けもののくらし

　八神修は、自宅の鏡の前で首を傾げていた。
　頭にピンと生えているのは、猫耳である。
「……」
　触れてみると思いの外もふもふで、本物であることが分かる。
「これはまた、しかし」
　見た瞬間は焦ったが、経験上1日〜2日で治るだろう。そう納得させて、予定通り出かけることにした。
　とりあえずキャスケット帽を被り、自転車で書店へ向かうことにした。
　出かける前にふと、七夜あおいの顔が浮かんだ。
（会えるかな）
　なんとなく、である。
　そのまま外出。
「おっと」
　自転車を漕いでいると、風に吹かれて帽子が飛びそうになり、片手で押さえた。そのままの体勢で目的地へ到着。
「ふぅ」
　と、そこで目が合った。
「！」
「偶然だね」
　本の入った袋を抱えた七夜あおいがにっこりと笑った。今日は妙に大きなリボンをツインテールに結んでいる。
「あぁ、なんとなくあおいのことを考えていたんだ」
「私も、修君と会えそうだなって。あの、帽子珍しいよね」　
「これは」
　あおいは恥ずかしそうに、リボンをほどいた。ヘアゴムの上から結んでいたようだ。リボンの間から出てきたのは、
「朝起きたらこんなことになってたんだ。もしかして修君」
　修はふっと笑った。
「実は俺も」
　帽子を脱ぎ、尻尾を上着の下から開放する。
「え、あれ、同じ？」
　お互い黒みがかった茶色の耳とふさふさな長い尻尾だったのである。
「まさか、これがおそろいになるとは思わなかった」
「だね、びっくり」
　笑い合って、
「野生っぽくなったところで、山にでもいかないか。ピクニック」
「うん、この前は海だったから、それも良いね」
　コンビニで食料を買い込み、ハイキングコースがある低めの山へ登ることにした、のだが。
「にゃっ」
　ハイキングコースの裏口で、あおいが蝶を見つけてしまったらしく、追いかけ始めてしまう。
「あおいっ」
　追いかけた修、そしてあおいがたどり着いたのは石積みの急斜面だった。ロッククライミングの石を増やしたような道である。
「あれ、私！？」
　我に返ったようである。
「意識が猫に乗っ取られてないか？」
　修が苦笑気味に言う。
「はぁ、なんかヒラヒラしてるものに心奪われちゃって」
　肩を落とすあおい。そんなやり取りをしつつ、この急斜面を上って見ようという話になった。
　飛び乗って、上へ進んでいくのだが。
「凄い、身体が軽いね」
「ああ、ジャンプ力も凄いにゃ」
　修は思わず口を押さえた。
「ふふ、修くんも猫になりそう？」
「あぁ、まずいかもな？」
　笑い合う。
　やがて、見晴らしの良い場所に到着した。二人分のスペースを確保して並んで座る。
「涼しいな」
「うん、人間には来られなさそうな場所だよね。ふぁ」
　あおいがあくびをした拍子に修へ肩を預けてきた。
「あおい？」
「あ、ごめん、朝が早かったから」
　修はそっと、力を入れずにあおいの肩に手を置いた。
「別に、肩くらい貸すさ」
「ありがと！」
　それから色んな話をした。
　日焼けをしたいとか、あおいは家族のところに帰ったのか？　とか。
「修君、この前の話を覚えてる？」
「この前？」
「私もね、修君と、来年も一緒に海に行きたいな」
「！　あぁ、行こう。あの学校を卒業しても」
「うん。卒業しても、だね」
　あおいの笑顔は、夏の風に揺れているようだった。

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