同居の分身もといDJは、きっと驚愕したことだろう。
　というかそこから間髪入れず、当惑および立腹に移行したかもしれない。
　だがお生憎（あいにく）吉住 志桜里は背に翼、とうに寝子島の地にはいないのだった。いかに彼女が地団駄踏もうと、沖縄の地には届くまい。
　ご報告のメッセージ送信はまあ……落ち着いてからにしますかね。
　志桜里は同居人とのグループNYAINを黙って眺めた。全部彼女からの発信で、
『なんだいきなり取材旅行て！？』
『いまどこだ！』
『電話出ろ！』
『ていうかメシ！』
『ひもじいよおー』
『飢える……飢えて死ぬ……I'm dying………ギャー（ドクロマーク）』
　といった喜怒哀楽マイナス喜楽の文面がつぎつぎと、ブラストビートみたいに連発されていた。最後のほうは、
『ちきしょーカップ麺食ったるわ』
『コンビニで一番高いやつ買ったった！　銀河烈風軒の博多豚骨味しかも生麺タイプだ。へーんだ、わけてやんねーからなー！』
『あーうめー（※写真付き）』
　などといった悲しいものに変わっていったのが、ほほえましくもちょっぴり愛おしかったりする。
　取材旅行、その言葉に偽りはない。
　ヒップホップユニットGreedy CatsのM.C.440Reとして志桜里は、ここ数日新曲のリリック作りに精を出していた。
　いや、精を出したいところだった。それが理想だった。ところが筆は進まなかった。
　もっといえば、ほんの一行も書くことができずハタと行き詰まっていたのである。
　もうこれはインスピレーションを求め環境を変えるほかない、と結論して志桜里は、どこか遠くへの旅を画策した。探すというほどの手間もなくフリマサイトにて沖縄ブリリアントリゾートホテルの宿泊券および航空チケット往復を破格の激安でゲット、かくして今朝まだ夢の中の同居人宛に『取材旅行に出ます』とだけ書き置いて、最低限の荷物だけ手に単身沖縄に飛んだのだ。
　かくてはるばるやってきました沖縄！　暑い！
　リゾートホテル！　ゴージャス！
　環境はまさに一変、これはインスピレーションも、モグラ叩きのモグラなみに噴出してくることだろう。
　じゃあ仕事にかかるとしますかね。
　志桜里は覚悟を決めた。
　ドゥ・ザ・ワークいざ猛烈に！
　……だらけただけであった。
　
■土曜：午後十二時半、ブリリアントリゾートホテル
　まあそりゃあねえ、と、ベッドに腰を下ろして志桜里は息をついた。
　真新しいノートをぺらりとめくり、さっきまでしばし、ごしょごしょと記していったライムの切れっ端に横線を引いては消していく。
「処変わったって、そーんなすぐに浮かんでくるワケなかったってとこね」
　どれもこれもフレッシュとは言いがたかった。どこかで聞いたようなフレーズや、自分の過去詞の使い回しだったりした。炭酸の抜けた炭酸水のごとく、どうにもピンとこないというか、毒にも薬にもなりそうもない。ましてやパンチラインには。
　部屋はよく冷房が効いており心地好い。どたっと寝床に背を預け、あーあと天井を眺める。
　まあこうなるでしょうと、なかば予想は付いていた。
　たとえばこの旅が、1800ccのオーバーサイズな愛馬と共にはるばるフェリーで流れ着いたものならば、波に揺られながらそれなりに浮かべてくるリリックもあったかもしれません。……が、龍の一跨ぎとばかりに楽に着いてしまっては、旅路のドラマというのも弱いもの。
　齢に見合わぬ物言いかもしれませんが、これでもいっぱしの音楽人面できるくらいには稼げていますから文句は言わせん、なんて――。
　とはいえしかし寝床でのべーっとしているだけであれば、寝子島にいたって同じではないですかと思い至り、とにもかくにもと志桜里は身を起こしたのである。
「やっぱり思い付かないっ、これはもう、開き直ってバカンスを楽しむしかなさそうですね！」
　声に出して宣言する。しっかり楽しんで帰ることにしよう。
　ふふん、と荷物から8bitデザインのサングラスを取り出した。これは装着するだけでレトロゲームのキャラクターっぽく変身できるという優れものアイテムだ。ニヤリと笑ってスマホを手にし、窓の外の青空をバックに、直立してみたり斜めのバストアップ風にしてみたり、サングラスからちょっと目をのぞかせてみたり……と一通り遊んで自撮りしたものを同居人に送信した。
　
『めんそーれ、私はいま沖縄です★』
　という小粋なメッセージを添えて。
　ああまた、彼女の怒りのメッセージが予想できますね。
　なんだかわくわくする。
　ほらきた。
　バッティングセンター最高設定140キロボールのごとき猛速度で、相方からの返答が飛んできたのだ。
『え！？　おきな……ちょ、おま！？　いみふ』
　焦るあまりまともな文章が打てないようだ。　
『まあいいじゃありませんか。チケット一枚しかなかったものでね。ちゃんとリリック作りは進めますので』
　気軽に返したが当然それで、同居人がイージーな気分になるはずはない。
『コロス』
　ミラクルな三文字、ものすごい形相をした不動明王のスタンプ付きだ。殺傷力が高そうである。志桜里はあっははと笑って、
『ちんすこうでもお土産に買って帰るので楽しみにしやがってください』
　と打った。
　少しだけ間があいて、同居人が送ってきたメッセージは以下の通り。
『……だったらチョコ味』
　おや。
　思ったほど怒り狂っていませんね。
　ほっとしたような、残念なような。
　ふうむと志桜里はあごをさすった。タイミングが良かったのだろうか。
　ひょっとしたら銀河烈風軒ラーメン博多豚骨味とやらが美味かったからとか……？
　どうでもいいか。
　ランチは空港で終えたので、さしあたってすることもない。
　プライベートビーチにでも行ってみるとしましょう。