■土曜:朝七時すぎ、羽田空港
あんなは目が開いていない。
一応、起きてはいるようだ。しかし頭部は前後にいったりきたり、大海原に漕ぎ出す船のごとくである。ときおりカクッと前方に倒れ込みそうになるのだが毎回、膝に置いたボストンバッグに頭が沈む寸前で正面の位置に直る。水飲み鳥というのであったか、こういう玩具があったなと思い出す人もいるかもしれない。
沙央莉(さおり)も似たようなものだ。ドイツ製ブランドもののスーツケースを引き寄せてベンチに座っているが、魂が抜けたように背もたれにもたれかかっている。だらしなく両足は投げ出していて、夜の姿とは大ちがいだ。ただ、あんなとちがって目は開いており、不機嫌この上ない表情をしていた。白目は充血しきっている。
「店長……わかってるぅ?」
首を動かすのすら億劫なのか、沙央莉は目だけ
アーナンド・ハイイドに向けた。
「私らキャバ嬢にとっちゃ、早朝は活動時間外なわけ。ぶっちゃけこの時間帯は寝てるの、ねーてーるー」
「ですよねー」
アーナンドは汗を拭いている。彼は小学校一年の娘と保育園児の息子を連れており、「あれなに!?」「ヒコーキ見たい!」と朝イチからハイパー元気なふたりの面倒を見るのにてんてこ舞いの様子だ。でも嫌な顔ひとつせずにアーナンドは言うのである。
「ごめんなさいねー、この時間帯しか便がなかったものでー」
「そりゃわかってるけどさー」
なおもブーイングしそうな沙央莉に、「いいじゃない、これくらい」と
泰葉(やすは)が告げた。
「なにせ交通費も宿泊費も、全部会社持ちの社員旅行なんだから」
行き先は沖縄、プライベートビーチ付きのうえにプールとスパまで完備のリゾートホテルでのバカンスなのだ。土曜早朝の飛行機で出て一泊二日、日曜はギリギリまで滞在し、月曜からまた仕事という弾丸ツアーもいいとこの企画だが、全参加者の費用は会社(つまりアーナンド)が負担という太っ腹な話なのである。
「まあー、それはそうなんだけどね……」
自他共に認める不平屋の沙央莉だが、泰葉に言われてあっさりと矛を収めた。「今寝る! 飛行機でも寝る!」と宣言して、腕組みしてサングラスをかける。
「……それにしてもあんた、朝平気なの?」
「昨日は早寝したから」
ふんと沙央莉は鼻を鳴らした。
「あんたらしいわ」
「ありがとう」
「ほ、褒めてないから!」
沙央莉は大ぶりの白い帽子を目深におろした。
俗に二八(にっぱち)という言葉がある。キャバクラなど夜の業界は、毎年二月と八月に売り上げが下がる傾向にあるという意味だ。『プロムナード』も例外ではないということもあって、土曜つまり今夜を臨時休業にして、元の日曜定休日とあわせてこの旅行を実現したのだ。アーナンドの法人にとって初の社員旅行であり、今回は『プロムナード』のみならず、同じく彼が経営するインド料理店『ザ・グレート・タージ・マハル』のメンバーも参加する。
「あたしなんか参加しちゃっていいのぉ?」
絢美 清子(あやみ・せいこ)が目をキラキラさせながら
鬼河内 萌に問いかける。
「だってー、キャバのほうは落ちちゃってるしー。タージハマルだってまだ入ったばっかりだしー」
「いいと思うよ! ほらこれ研修旅行という意味合いもあるし☆」
「だよねー。で、沖縄といえばー?」
「ゴーヤカレー!」
ふたりの声がハーモニーを織りなした。
「お、オレはそれパスな……」
小声で
野菜原 ユウが主張しているが、あまり聞こえていない様子だ。
ゆるふわ女子絢美清子は現在、『ザ・グレート・タージ・マハル』唯一の正社員である。元はプロムナードに応募してきたのだが、何の因果かこうなった。萌からすればいくつか先輩にあたるのだが、「敬語なんてやめて、もっと友達見たくしてっ!」という清子からのリクエストで、今は萌もユウも同級生くらいの感覚で接している。
清子に限らず『プロムナード』本店の新人もいる。
烏魚子 一紗(からすみ・かずさ)と
成小 瑛美(なるこ・えいみ)だ。ふたりして
瑠住(ルース)こと
豊田 華露蘿を挟むように座って、
「ど、どうも……よろしく、です」
初対面となる華露蘿をことさらに緊張させていた。
三歳になる息子の手を引いて、
夕顔が姿を見せた。一方、やはり寝不足なのか暗い目で、
「鉄の塊が空を飛ぶなどと言われてもわらわは信じぬ! 信じぬぞおっ」
とやっている
九鬼姫(くきひめ)と、
「大丈夫ヨ、アレ本当は飛行船、風船と同じヨ。なかにはガスがつまってるデス」
などと方便としての嘘なのか、本気でそう思っているのかよくわからないやりとりをする
アリス・トテレスもいる。
「……」
やはり眠いのか頬杖ついて、ベンチに腰かけている
まみ子(本名:姫木じゅん)の横に
恋々(レンレン)が座った。
「珍しいね、こういうイベント嫌いのまみ子ちゃんが参加するなんて」
「何の話?」
まみ子はだるそうに恋々を見た。あいかわらずゴシックロリータな服装で、髪もツインテールに結っている。大人っぽい恋々と比べると一回りくらい年齢差がありそうに見えるが、このふたりはほぼ同年齢だったりする。
「仕事とプライベートはきっちり分ける、それがまみ子ちゃんだったよ。これまでは。パーティとかやっても絶対来ないし」
「そうね……まあ、気が向いたからかもね」
あくびを漏らすと腕組みし、「ちょっと寝るわ」とまみ子は言った。
もしかしたら、まみ子ちゃん気がついてるのかもね――。
恋々はそっと九鬼姫に目を向けた。ほとんど寝ていないせいかハイパー状態に突入しているらしく、九鬼姫はアリスときゃっきゃとはしゃいでいる。
――この旅行、九鬼ちゃんの思い出作りのために店長が計画してくれたものだ、ってことに。
■土曜:午後十時半、ホテルのバー
「失敗したぁ~!」
ぐぬぬとかうぐぐとか、そういう擬音が似合いそうな雰囲気で悔しがっているのは
相原 まゆだ。
「ご愁傷さまでした」
わざとらしく合掌する
久保田 美和に「するなー!」と抗議の声を出す。バーボングラスをぐいと干し、
「とにかく、もう一杯!」
座った目で宣言するのである。バーボンを。ロックで。
大人びたバーである。ダークレッドのカーペットにレトロモダンの内装、薄暗い間接照明を浴びてグラスは水晶の輝きを宿す。こういう居酒屋ノリですごすのは、いささか場違いに映っても仕方がない。
弁明しておくと、まゆとて好きでこうなっているわけではないのだ。荒れているのには理由があった。
「まさか五十嵐先生が……あんなにお酒弱いなんて……」
「シャンパン半杯でもう突っ伏してたからねぇ」
今夜まゆは
五十嵐 尚輝をバーに呼び出し、アダルトな雰囲気でお近づきになろうと試みたのだった。一日観光を楽しみ、いい塩梅で心がほぐれてきたあたりで――という狙いというか下心もあった。ところが尚輝は最初こそよかったものの、細いシャンパングラスの半分もあけたところでたちまち首まで真っ赤になり寝落ちしたのである。なんとか起きたが「僕お酒弱いんで……すぐ眠くなってしまって……」とかなんとかもぐもぐ言うと、そのまま部屋に戻ってしまったのだった。今ごろは熟睡しているものと思われる。
いい雰囲気どころか開始早々にTKO、まゆの無念たるやいかばかりか。
「先生、それくらいにしておいたほうが」
樋口 弥生がまゆを止めた。公平な目で見てもまゆは飲みすぎであった。
「なによー、もー、ヤケ酒なんだからぁー。止めないでよ弥生ちゃーん」
ここは沖縄、その名もブリリアントリゾートホテル、目の前はプライベートビーチ、プールにスパまでついているというなんとも贅沢な宿泊施設だ。夏休みを利用して、まゆと美和は二泊三日でここに来る計画を立てた。最近親しくなってきた弥生を説き伏せて参加させ、さらに『ご覧の通り親睦旅行だし他意はないし』という体裁がととのったところで、尻込みする尚輝をひっぱりこむことに成功したのだった。
「いえ、止めるのは相原先生が落ち込んでいる理由がわかるだけに、です」
「それはどういうこと、弥生ちゃん?」
まゆに釣られたか美和もすっかり『弥生ちゃん』呼びである。弥生としてはその呼ばれかたは中学が最後くらいなので、どうにもくすぐったくて仕方がないがあえて受け入れて、
「今日は観光でしたが明日は一日予定ゼロ、ビーチなりプールなりでリラックスするには最適ではないですか」
立て板に水のごとくすらすらと言う。弥生はショットグラスのスコッチをすでに二杯開けているが、これくらい彼女にとっては水のようなものだ。
「相原先生は五十嵐先生に興味があるのでしょう? お酒がだめなら、水際で五十嵐先生の心を揺らせばいいんです。旅先は開放的になるもの、水着姿であればなおさら……とは古典的なロックの歌詞さながらですけどね。だから、お酒が明日に残ってしまえば台無しかと」
「天才!」
まゆは半ば立ち上がりそうになった。
「それ天才的な発想だよ弥生ちゃん! よーし、こうしちゃいられないからもう今夜は早く寝るぞー」
マスターお勘定と言いかけて、ホテルの部屋カードで払っている(チェックアウト時に精算)ということを思い出し、まゆはいそいそと席を立った。まゆにつきあってペースをあげて、もう目をしょぼしょぼさせていた美和も一緒に引き上げることにする。
「弥生ちゃんは?」
「私は……もう少しやっていきます」
かくしてようやく静かな環境を手に入れると、やれやれとつぶやいて弥生はグラスを傾けるのだった。
あ、とすると私も明日は水着にならないといけないのかなあ。一応持ってきたけど恥ずかしいなあ、どうしようかなあ……。スパに逃げようか。
でも、相原まゆタンのアタックを、見ないのもなんだか勿体ないような。
■土曜:朝九時、ブリリアントリゾートホテルの一室
じゃあそういうわけで、と
三佐倉 杏平(みさくら・きょうへい)は言った。
「父さんは沖縄モデラーフェスに行ってくるから。後は頼んだ」
「後は、って……」
娘の
三佐倉 千絵(みさくら・ちえ)はあきれ顔だ。
「お父さんったら、沖縄まで来てもプラモデルのフェスティバルなんだもん、代わり映えなさすぎ」
「いやー、そう褒められると照れますなあ」
「……褒めてないからね、ひとつも」
「んー、ちなみに明日もお父さんは朝からフェスだから」
「知ってる」
「今日はロボットや航空機のガレージキット中心、明日は美少女フィギュアやファンタジー造形品中心だから」
「その情報はいらない」
行かないし、と千絵は冷めた目で言う。ボードゲーム、テーブルゲームには目のない千絵だが、プラモについてはまったくもって興味がないのである。
「んっんー、じゃあま、観光なり海なり楽しんでくれよー」
お気に入りのブランドシャツ(無頓着なようでいて、実は着るものについてはお洒落な杏平なのである)で出ていこうとして、
「あ、そうそう」
杏平は足を止めた。
「今日の晩、ちょっと千絵に話があるから」
「なに急に?」
「んー、ま、後だ後。夜になっ」
言い残して杏平は、軽やかに部屋を出て行った。
まだ千絵は知らない。
その日の晩、杏平が千絵に開かす話が、彼女にとって深い悩みの種になるということを。
翌日、日曜日の朝からこの物語ははじまる。
暑い暑い八月の、暑い暑い沖縄、リゾートホテルで、そのプライベートビーチ、プール、あるいはスパで、あなたはどうすごすのだろう。どんな思い出を作るのだろう。
お世話になっております。桂木京介です。
鬼河内 萌様、豊田 華露蘿様、アリス・トテレス様、ガイドへのご登場、ありがとうございました。
ご参加いただける場合は、ガイドにこだわらず自由なアクションをかけてくださいませ。
概要と状況
寝子島外シナリオです。舞台は八月の沖縄、できればガイド中に登場したリゾートホテルで固定とさせてください。時間も、日曜日の朝から夜を想定しています。(ホテル外でも沖縄であれば可能とします)
距離的には遠いかもしれませんが、飛行機ならあっという間の距離、豊かな海に囲まれた島という点も寝子島と類似しているということで、『遠いようで近い』という意味のタイトルをつけました。
クラブ『プロムナード』とカレー店『ザ・グレート・タージ・マハル』の一同は、社長アーナンド・ハイイドのもとで合同の社員旅行に来ています。
ホビーショップ『クラン=G』の代表三佐倉杏平とその娘千絵は、杏平の都合でバカンスに来ています。もっとも、バカンスらしいことをするのは千絵だけのようですが。しかしその千絵も、前日の晩に衝撃的な告白を父から受け、日曜は朝から深く悩んでいます。
そして、寝子高教師の相原まゆ、久保田美和、樋口弥生、五十嵐尚輝の四人も、男女比一対三という比率でバカンスに来ているようです。どうやらまゆは尚輝のことが気になっているようですが、そのアプローチの行方は……?
彼らが全部同じリゾートホテルに泊まっているのは、作者の都合のようですが単なる偶然です。
ガイドに登場したNPCとかかわるお話はもちろん、『彼氏と旅行で来ました』『グラビア撮影の仕事だよ』『スパ巡りの一人旅!』など、あなたらしい自由な方針でお願いします。
滞在している理由について
沖縄に来ているには理由が必要です。上掲のように『スパ巡りの一人旅!』なんて無理矢理でもかまいませんので、何か考えていただければ幸いです。
ただし、以下のPC様に理由は必要ありません。
◆『プロムナード』『ザ・グレート・タージ・マハル』関係者
→あなたはアーナンドに招待され、社員旅行に参加しています。宿泊先は相原まゆグループ、『クラン=G』グループ同様ブリリアントリゾートホテルです。
◆『クラン=G』関係者
→どうやら店長の三佐倉 杏平は、娘の千絵をともなって偶然このホテルに滞在してるようです。モデラーフェスに行かないので退屈しそうな千絵のため、旅行についていくことにしました。
NPCについて
本作では基本、ガイドに登場したNPCしか登場しません。
ただし、あなたが頑張ってなんらかの理由を作ってくださったNPCなら、桂木もお気持ちにこたえたいと思っています!(どうしようもない場合は夢オチなどでごまかすかもしれませんが……)
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、ライバル同士、銀河系の旅人たちなど。参考シナリオがある場合はページ数も)を書いておいていただけるととても助かります。
また、必ずご希望通りの展開になるとは限りません。ご了承下さい。
それでは次はリアクションで会いましょう。
桂木京介でした!