faraway, so close｜リアクション

faraway, so close

■土曜：午前十一時半、那覇空港
　搭乗口をくぐるなり、そこはまるでゼリーの中だった。
「うわぁ」
　タラップで足を止め落合まゆらは目を細めた。飛行機を一歩出ただけで、もう別世界だと感じている。空気に弾力があった。ぽわぽわと包まれていいる感じだ。ここまで運んできた内地（ないち）の気配がとけてゆく。
　本当に来たんだ。
　マシュマロみたいな入道雲を見上げて思う。
　来たんだ。沖縄に！
　まるで夢のよう、いやつい先日までは、夢にすら出てこなかった光景だ。専門学校最後の夏休み、真夏の沖縄で優雅に過ごすバカンスなんて、物語にしたってできすぎなくらいである。
　……いや、本当はそれどころじゃないんだよね。
　じわっと舌に苦いものを感じる。
　砂時計は残り少なく、ラストへ向けてさらさらと容赦なく流れ落ちはじめていた。寝子島アニメーション学院声優科の卒業は来年、現在まゆらは所属事務所を決めるための売り込み期間中なのだ。すでに複数のオーディションを受けて結果を待っており、まさかの全落ちに備えて二の手、三の手を用意する必要もあった。
　なんで遊んでられないはずなんだけどなぁ。
　わかってはいる。わかってはいるけれど、オーディション結果が出るまではどうしてもジリジリするばかりで何もできない。だったら、と思い切ってリゾート行きの飛行機に身を任せたという次第だった。気分をリフレッシュしたかった。
　リゾートといっても、まゆらの経済状態からすれば近場のスーパー銭湯で骨までゆだるのがいいところだったろう。それが――。
　福引で招待券をゲットしちゃったんだよね。
　すごいタイミングで訪れた幸運だと思う。もしかしたら『少し休みなさい』というアニメの神からのメッセージかもしれない。日用品の買い物の帰り道、参道商店街の『怒濤のビッグ・サマー・キャンペーン』なる腰砕けしそうな抽選会にて、まゆらは特等、航空券と沖縄ブリリアントリゾートホテルの宿泊券に当選したのだ。これがどれほど『特等』かといえば、特等の次の一等がお米（十キロ）四袋、二等に至ってはティッシュ一年分（五十ボックス）という、ありがたいことこのうえないが妙に地に足のついた……というか置き場所に困りそうなラインナップだったことからも想像がつくだろう。
　かくして手にしたのは往復の航空機チケットにホテル二泊三日のリザーブ券（朝食付き）、事前予約が必要だが八月末までは優先的にシートも部屋も用意してくれるという至れり尽くせりプレミアムな大盤振る舞いだったのである。
　ペアということで航空チケットもホテルリザーブ券も二セットだった。といっても同行者のアテがなかったのでまゆらは、一人分はフリマサイトに提供して現金化した。格安で提供したのですぐ売れた。買った人はお得であることは間違いないし、自分も活動資金ができたし、これぞWin-Winというやつだろう。
　ともかく、前途の不安は忘れよう。
　初日は沖縄の名所観光っ！　
　ベルトコンベアで運ばれてきた桃色のスーツケースを、さっとひろいあげて意気揚々、日差しよけのキャップをかぶってまゆらはタクシー乗り場へと向かうのだ。
　バスでもいいのだが最初くらいは、お大尽といきたいじゃないか。

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