夏霞の赤い月　Ghost Festival Moon｜リアクション

夏霞の赤い月　Ghost Festival Moon

　Tシャツに猫耳パーカーを羽織って、お祭りの基準は満たしているのだけれど。
　別に猫耳が可愛くないというわけでもないのだけれど。
　桧垣万里は首を傾げて自分のやる気スイッチの元へ思い馳せた。
（どうしてメイド服じゃないといけないの……？）
　ふくらはぎが隠れる程度のシックなメイド服に身を包めば家事でもなんでもこなせるのに、ひとたび着替えてしまえば何もやる気が起きないし暇だとさえ思ってしまう。
　まあ長めの丈を好むのは、別途理由があるのだけれどそれはひとまず置いておいて。万里はもう一度、反対側に首をこてんと倒す。
（なんだかこう、どこかで会ったことあるような人が多い気も……）
　所詮は島だ、さして広くもないこの場所ですれ違うことくらいあるだろう。
　けれどそうではなくて。例えば、あの青灰色の狼耳のパーカーの子なんて知っている人な気がする。
（ここではない島での友達かな）
　うっすらとある、もう一つの記憶。明確に彼の名まで覚えているわけではないけれど、この知り合いかもという直感が正しければ、彼と話すことで何かを思い出すかもしれない。
「あ、の……」
　かけようと思った声は、彼から先に発せられた。
　相手は万里ではなく、オレンジの狼耳のパーカーを着た少女。
　二人は見つめ合い、少女がフードをとって微笑めば少年もはにかんで――万里はぎゅっと胸を押さえつけた。
　開いた唇はわななき引き結びきれず、それでも抑えきれない思いは、柔和な目元を一層緩ませる。
（あらあらまあまあ～。アオハル？　アオハルが始まるの？）
　こんな眼福な光景を前に冷静で居られるほど、大人でもない。
　尊き1ページに遭遇できたことへ最大級の感謝をして、そっと見守りたい。にやける衝動を抑えきれずにいる万里は、せめてこの島の知人に見られないようにとしっかりフードを被っていることを確認する。
　人の様子を覗き見るなんて悪いとは思っている。しかし誰に吹聴するでもなく、まして二人を邪魔しようなどと言う気持ちは微塵もないので許して欲しい。
　たまたま、美味しそうな香りに誘われて露店に行けば近くで一舟のたこ焼きを分け合っているのを見かけて、奇遇なことに飲み物をもらいに行けば「ストローは１本かい？　２本かい？」なんて同じ物を飲む想定でからかわれて、慌てて「コップを２つ下さい！」なんて言っている声が聞こえて、本当に偶然歩き疲れたなぁと賑やかな露店前から離れると、楽しげに踊っている様子が見えただけで他意はない。
（……良かった）
　あの子達が幸せそうで、楽しそうで。
　ちょっとお姉さん目線で安堵してみたけれど、やっぱり口元の緩みは抜けきらなくて。
　ただニヨニヨしたくて観察してたんじゃないですかと本人に問われたら認めざるをえないけれど。
　それでも、知っている子が青春を謳歌している姿は特別な栄養素なわけで。
「頑張ってね」
　二人が静かな浜辺へ向かうのを見送って、これ以上の深追いは野暮だろうと万里は再び露店へ目を向ける。
　人から幸せを分けて貰うのではなく、自分で楽しまないと！
（さっきは少ししか食べられなかったし、次に会った人にオススメ聞いてみようかな）
　それは以前の知り合いか、今の知り合いかわからないし、たまたま目の合った獣人かもしれない。
　万里はそのまま、宴の賑やかな空気に溶け込んでいった。

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