故郷での夏休み　サードシーズン｜リアクション

故郷での夏休み　サードシーズン

〇東京都渋谷区

　渋谷といえば若者で賑わう街というイメ－ジだが、それだけではない。
　渋谷区松濤１丁目。
　高級住宅街の中でも『別格』とされ、政財界の大物が住む都内屈指の超高級住宅街である。
　豪邸が並びながら人の姿が見えないひっそりとしたこの街に、三宅葉月の実家があった。
（ここへ帰るのは、寝子高へ入学するために寝子島へ行って以来ね）

　葉月は今日、約４年ぶりに父のいる実家へ帰宅する。
（お父様）
　父は、葉月が絵を続けることをどうしても許せない。
　祖父が葉月の中に眠っていた絵の才能を発掘してくれたのに対し、父は徹底的にその芽を潰し挫折させようとしてきた。
　けれど、才能を手折ろうとする父の悪意から守ってくれた祖父も今は亡い。
　進路を妨害すべく様々な圧力を加えてきた父親にたった一人で立ち向かうのは、葉月にとってとても勇気が要ることだった。
　けれど今日、ついに葉月はやってきた。
　最終的な決着をつけるために。

　中学卒業まで過ごした実家の前で、葉月はしばらく立ち尽くす。
　普段は黒を好んで着ることが多い葉月が身に纏う白いドレスは、まるで心の抜け殻のよう。
（この家にはさまざまな思い出がある）
『葉月はお絵かきが本当に好きだね』
『これで、もっといろいろな絵をお描き？』
　小さな葉月を、いつも暖かく見守ってくれた祖父との、胸のうちが暖かくなる思い出に、葉月はひと時身を委ねた。

　けれど、心が凍てつくようなものも、傷跡をえぐるような思い出もある。
『この程度のものがなんだ！　入賞だと？　褒めてもらえるとでも思ったのか』
　眉間に皺を寄せ唇を歪ませて、絵を破り捨てた父。
　声を出さずに泣いたあの時の動揺は、今も生々しく心を傷つける。

　夏の日差しの下で、どのくらいそうやって所在なく佇み逡巡していただろう。
　意を決して、葉月はベルを鳴らした。
「おじいさま……きっと、私のことを見守っていてくださるわ」
　しばらくして、静かに門は開き……
　葉月はゆっくりと門をくぐった。

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