悩んで、落ちて、襲われちゃう？　ドッキドキの密室15分！｜リアクション

悩んで、落ちて、襲われちゃう？　ドッキドキの密室15分！

　――あの日を『狂気のような夜』と思うのは、今でこそだからなのか。
　他人からみれば異常に見えることでも、朝鳥さゆるにとっては心を平穏に保つため必要な日常でもあった。
　けれど今は、愛し合うことで過去を清められるとさえ思ってしまう。
　現実は無かったことにならない。あの時がどうだったにしても、やり直せない。
　それでも、この数日間――姫木じゅんと部屋に閉じこもっていた日々が、上書きした物も確かにあった。

　久しぶりに外の空気を吸って見上げた空は、飴色だった。
　あいも変わらず言葉の少ない二人が浜風に吹かれて散歩をしても、盛り上がる会話などなくて。
　日の入りを見つめるには少し早く、昼空と夕空の境目を探すようにすれば、アウトレットの方角に大観覧車が見えた。
「乗ってみない？」
　同じ物を見ていたのか、それともさゆるの目線を追ったのか。そう声をかけたのはじゅんだった。
　提案されたことよりも、今日初めて声を聞いた声に少し驚いてじゅんを見て、また観覧車に視線を戻して。
　別に情事で声が枯れたわけでもないのに、さゆるは無言で頷き返すだけ。
　だからじゅんも、了承されたことを喜びもしなかった。彼女を閉じ込めるのも外へ連れ出すのも、いつも自分の気まぐれ。口を閉ざしたい理由だって、推し量ったところで本人が言わぬ限り憶測にすぎない。
　とはいっても、このままで良いわけもなくて、じゅんはスマホを取り出した。
「チケット、取っちゃったから乗らないはナシね」
　夏休みの夕暮れ時。アウトレットから帰る前に乗っていこうかなんて人たちで混み合うのかもしれないけれど、そんな先手を打つほど乗りたかったのだろうか。

　――それならば、もう少し協力して欲しい。

「……探すのは青い建物。あれはどうみたって赤」
「そうだっけ？　ほら夕焼けで色が変わったと思って」
　悪びれもせず笑うじゅんは、問題用紙をろくに見ず変わった形の建物を見つけては「何かに使えるかも」と声をかけてくる。
　のんびりぼんやりできると思っていた空中散歩は、謎解きで頭を悩ませることとなった。
　もっとも、真面目に取り組んでいるのはさゆるだけで、じゅんは賑やかし担当だけれど。
（……喋れてる、のかな）
　それがなんでもない、必要最低限の物だとしても。
　少し素っ気なく、端的に返してしまうのに、じゅんは匙も投げず話しかけてくる。職業柄、そういったことは得意だろうけど、当然ながらそこに対価は発生しない。
　たださゆると話したいという思いがなければ、ただの徒労となるかもしれない行為。
「今は何を考えてるの？」
「え」
「どの問題まで解いたのかって聞いてるの」
　向かいに座っていたじゅんが、隣に座って問題用紙を覗き込む。もっと近寄って触れあっているのに、何故か心臓が跳ねた気がした。
「あっ、これはさっき見た気がする。確かね――」
　さゆるの肩越しの窓を指そうとして、ゴンドラが大きく揺れる。思わずさゆるは片手を椅子のヘリにつき、片手でじゅんに縋り付こうとした。同時に、じゅんは窓に伸ばしかけた手でさゆるの首元をかき抱く。
　揺れが小さくなれば突風で少し驚いただけだとわかるのに、ゴンドラが安定を取り戻した今でも離れられず、夕焼け色とは違った赤みが頬を差す。
「じゅん？」
「……エッチしてる時より、ドキドキする」
「……もう」
　アクシデントのせいも少なからずあるだろう。それでも、『狂気のような夜』を書き換えたあとだから鼓動が初めてのリズムを刻み始めたのかもしれない。
　ひとまず今は、じゅんがこれ以上余計なことを口にしないようにと、さゆるは自分の唇で塞ぐことにした。

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