悩んで、落ちて、襲われちゃう？　ドッキドキの密室15分！｜リアクション

悩んで、落ちて、襲われちゃう？　ドッキドキの密室15分！

　活字が好きなんだろうと自覚はあったけれど。
　倉前七瀬も、まさか観覧車の煽り文句を眺めていて空の色が変わっているなどと思わなくて。
　それでも、アウトレットに長居をしたからこそウォルター・Bに会えたわけで、彼の金髪に夕陽色が溶け込んでいつもと様相の違う煌めきを見られたことには、奇遇という巡り合わせに感謝したい。
　その上、たまたま空席だったからと搭乗することになったのは、高級車のような豪華な内装のゴンドラだ。
　広々とした黒い革張りのソファに間接照明、大人には良いお値段の冷えたボトルなんかもご用意されるVIP仕様。そして先に乗り込んだウォルターが、とても馴染んでしまうものだから、七瀬はうっかりゴンドラを見送ってしまいかけた。
「さすがに一人で乗ることになったらどうしようかと思ったよぉ」
「一人は怖かとですよ。高所恐怖症じゃなかでも、結構……」
　しみじみと話す七瀬が、よほど切実な様相をしていたのだろう。冗談めかして笑っていたウォルターも、七瀬が我に返って良かったとコッソリ胸を撫で下ろしていたかもしれない。
「先生は見ました？　この観覧車、いろんなゴンドラがあるとですね」
「ああ、お化け屋敷と……なんだっけ？」
「僕が気になっとったのは、謎解きですよー。問題文に夢中になって、景色が楽しめんかったでしょうけど」
　謎解きに集中したならまだよくて、文字を前にあれこれ楽しむ器用さは持ち合わせてない七瀬には、問題文を眺めていたら15分なんてあっという間だ。
　そんな他愛ない話をしていたら、だいぶと地上も遠のいた。
　寝子島の空が近づいて、彼とは二人きりで。
　ウォルターとゆっくり話せる機会がないからか、視界に捉えた物を共有したかったのかわからない。
　あまりに綺麗なそれに、少しの想いを含ませてもいいかと思ったのも事実で。
「ウォルター先生、月が綺麗ですねぇ」
　昼の空では淡く雲にも溶けそうな月が、夕空の中で次第に主張して輝く様は、確かに綺麗だ。
　ただ、本を良く読んでいる彼が、そこに他意を含めていないと言い切れるほど、ウォルターも鈍感ではない。
「……月かぁ」
　七瀬もまた、学問に精通した彼がどんな返しをするだろうかと少しも期待をしなかったわけじゃない。
「見えないよねぇ、読書をしているようになんて」
「へっ？」
「ウサギ、カニ、ロバ……北ヨーロッパは読書をしている女性って言われてたんだよ～」
「あ、ああ……月面の模様が、国によって見え方が変わるとですよね」
　期待をしてしまったからだろうか。開口一番に『見えない』と聞いて動揺してしまったのは。
　いや、自分が含めたかったのはそうではなくて。近しいけど違うと思ってはいて。
「まだ気づかない？」
　意味ありげに細められたウォルターの目に、七瀬は言葉を探すように遅々として進まぬゴンドラの外を見た。
「あ、れ……？」
「やーっと気づいたぁ？　まだ復旧しないねぇ」
　のんびりとサービスのドリンクで喉を潤すウォルターは、慌てても仕方がないと笑っている。
　こんな高所で閉じ込められるだなんて、結構な緊急事態だと思うのだけれど。
「やっとって……先生は知っとったと!?　これ、いつから止まっとったんですか」
「倉前が月の話をする少し前かなぁ？　暢気だなぁって思ってたけど」
　つまりウォルターは、あの返しで場を茶化しこそすれ何の意味も含めていなかったのだろうか？
　そうであれば心底安心だけれど、意味がないのも残念だ。
　観覧車はまだ動かないけれど、彼が一緒なのだ、不安はない。だから七瀬は正直に、笑って見せる。
「いっぱいお喋りできて良かですねぇ」
　二人の空の旅は、ほんの少し長い20分となった。

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