夏なので、人魚はじめました～寝子島マリンパラダイス～｜リアクション

夏なので、人魚はじめました～寝子島マリンパラダイス～

　自分がドレスを着たり、人魚になって泳ぎたいという希望があったわけではないのだけれど。
（見たからには、折角だからな）
　あれこれ理由をつけなくても、創作意欲を刺激するものが水族館にはある。旅鴉月詠はスケッチブックを持って、ナイトツアーに参加した。
　手慣らしのように目にとまった生き物をスケブに書き留めていき、マーメイドスイムを行っている巨大水槽まで歩いて行く。
「ほう……」
　水槽に入れる人数を絞ってはいるのだろうが、それでも多種多様な人魚が泳いでいた。
　物語では美麗な女性がモデルになっていることが多々あれど、生き物としてそれも現実的ではない。
（まあ、それは人を誘い込むための罠で醜悪な魔物だという説もあるが）
　老若男女いろんな人魚がいて良いし、魚の部分だって煌びやかでも落ち着いていてもいい。無限の組み合わせの可能性がそこにあり、それをどう自分が解釈するかは個々の好みや知識でまた変わるだろう。
「意外と皆、泳げるものだな？　展示されていない水槽で練習でもあったか」
　スケッチブックを広げて座り込む場所の目星をつけながら、そんなことを思う。春先に鳴き声の練習をする鳥がいるように、泳ぎの不格好な人魚もいるかと思ったが――確かに、展示している所で何事かあれば責任問題にもなる。誰でも彼でもここへは通すまい。
　ならば安心してスケッチを続けられると鉛筆のノリも良くなってきた頃、とても優雅だが勢いのある泳ぎでイルカと併走する富士山権蔵が現れた。
　向こうからこちらの様子がハッキリ見て取れるわけではないだろうが、わぁっと歓声が沸く館内へ向かって投げキッスなどサービス精神まで旺盛だ。
（ああも泳がれると忘れそうになるが、モノフィンって難しいはずだ）
　両足を揃え、強制的にドルフィンキック。下手なフォームだと腰を痛めるし、筋力が足りないとなかなか上手く扱えないはず。
　それもあの衣装。少し違うポーズをとって休息なんてのもなかなか出来ないはずで、見目に惹かれてやってみると後悔する者もいるかもしれない。
　それでも、まあ一種の例外としても、上手く扱えば海の生き物と併走したりダンスしたりできるのだから、興味を持って挑戦する機会になるなら良いことだ。
　ふむ、と月詠は胸から下はフジコを、その上には相原まゆの見た目を重ねて人魚を錬成してみた。
　刺身を思えば魚はマッスルだし、水面から上に覗かせる姿と泳ぐために尾ひれを振るう筋力を考えると、人魚もこう……。
「いや、ムキムキが足りないか？」
　水をかく腕に筋肉を。でもしなやかであれば細身かも知れない。まゆ先生は小柄でも立派な体育科の教師で、バタフライが得意だ。その上であの腕というならば……いや。
　月詠は熟考しつつ、様々なパターンの人魚を描いていく。尾ひれの模様だって、ラメのはいったエメラルドや鯉、今日は花柄でもなんでもありだ。
（ジュゴンやマナティを考えるとセクシーでありながらふくよか……であれば）
　ムキムキしたフォルムだけでなく、柔らかな曲線美も必要だ。落ち着いた面差しの年を重ねていても良い。そうして描いた物は、どこか白沢絢子に雰囲気が似ている気がした。
「そういえば白沢先生はコンテスト優勝者だったな」
　第一回『寝子ヶ浜ビーチ☆スター賞』に輝いた人だ、納得の組み合わせだろう。
　アスリート体型や壮年から初老にかけての男女の人魚をデザインし、一息つく。

『考えるに人魚とは実際こんな感じなのでは？』

　写真付きで投稿されたSNSには、視点が斬新だなんてコメントもついたけれど、月詠にはなんてことはない。「ありえない事などないからな」と当たり前のように呟くだけだった。

このページにイラストを設定する