夏の花見｜リアクション

夏の花見

　落合まゆらは広がる花畑を恨みがましく見つめていた。

「花はいいよね……」

　人間の悩みとか思惑とかそんなものお構いなしに、ただ美しく咲いていればいいんだから。
　ぼやいても仕方が無いけれど、そよ風に揺られている色とりどりの花は恨めしいくらいに輝いていた。
　日がな一日、大好きな日光を浴びて時間になったら散水機が水を与えてくれて。振りまく愛想も持ち合わせていないくせに、見に来た人に褒められる。

「そりゃあ、まるでステージから見たペンライトみたいに綺麗なものが視界を埋め尽くしていたら、綺麗って言いたくもなるけど」

　近年の声優は、歌って踊れてアイドルと言っても過言ではない。アニメに洋画の吹き替え、舞台もミュージカルから落語、特撮でアクションをする人まで様々。ただ綺麗に咲いてるだけでは、そんな煌びやかな世界に飛び込むこともできない。

「あーもう、あっつ……ん？」

　ふと、視線の先に花の名前が書かれた札が立っているのが見えた。横には、ご丁寧にもＱＲコードがある。
　特別気になったわけでもないけれど、なんとなくコードを読み取ると、花の見頃や栽培方法、花言葉が掲載されているＨＰが表示された。

「グラジオラス……思い出、忘却……うっ」

　その単語の並びには、ちょっと高校入学前の苦い記憶が呼び起こされそうで眉根を寄せるが、サイトを閉じる前に目に入ったのはピンクのグラジオラスの花言葉『たゆまぬ努力』だ。
　改めて言われなくたって、努力なんて当たり前にしている。
　そう、当たり前だ。志が同じ者は、みんなやっていることだ。

「あ……」

　今は制作される番組やゲームも多く、予算の都合で新人を抜擢する機会も増えて扉は広く開かれているように思えるが、それでも目指す者は多く、それこそ使い捨てるほどにいる。メインを飾ったと思っても1年と経たずに名前を見なくなったり、ジュニア所属の給与が安いうちは仕事があったのに本所属で給与が上がればパタリと仕事が来なくなる、そんな世界だ。
　自らの心に突き動かされてがむしゃらに目指すものでは無く、たゆまず続ける……事務所の所属は始まりなのかもしれない。

「なるほどねー」

　そんな毎日が戦いに溢れた場所に行こうというのに、たかだか事務所のオーディションを勝ち残れない程度では生き残れない。けれど、在学生の中で仕事は確かにもぎ取ったのだ。
　抜きん出る何かが、自分にはあるということ。まゆらは悩みが吹き飛んだように笑った。

「あ！　お店っぽいのがあるっ！」

　酷暑が苦手なまゆらは、自販機も何もないこの場所で冷たい飲み物にやっとありつけると喜び勇んで駆けだした。どうやら、お花モチーフだったり食べられるお花が飾ったメニューがメインらしい。

「前向きになれそうな、冷たい飲み物くださいっ！」

　外のカウンターからよく通る元気な声。店主が振り返ればまゆらはニコニコと満面の笑みで注文しているものだから、少し面食らいながら思案して――元気な暖色のナスタチウムを飾ったジンジャーエールを用意した。
　プラカップに貼られているＱＲコードが花の概要だろうか？　ともかく喉を潤したくてさっそく口をつける。一息ついたら、この花の花言葉も見てみよう。
　
　少し離れた場所では、色とりどりのグラジオラスが風で揺れる。縦長の花は、やっぱりペンライトのようで。涼しい店内に入ってしまうのは、なんだかもったいない気がした。

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