夏の花見｜リアクション

夏の花見

　子供の体力は底なしだ……と、しみじみするほど梓智依子は年老いていないのだけれど、それでも好奇心を刺激された４歳の体力には驚かされる。
　やっとの思いで涼める場所で腰を下ろすことができたけれど、座ってもなおキョロキョロする娘が何かをしでかさないように気は抜けない。

「ママ、おはなやさん？」
「喫茶店よ。ジュースやケーキが食べられるところ」
「でも、おはな、いっぱい！」

　店内のあちこちには夏の花が小さな鉢植えで飾ってあったり、メニュー表には押し花があしらってあったり。そのメニュー自体もお花をモチーフにしたり、エディブルフラワーをあしらったりで、まるで絵本の中のようだ。
　楓に好きな色や花を聞いてみたいが、こんなにあっては迷ってしまうだろうし、せっかく頼んだのにお花が苦くて食べられないとなってはかわいそうなので、店員の助力をお願いした。

　そうして運ばれてきたのは、黄金色の飴細工の花びらを幾重にもまとったへリクサムに見立てたタルトと、ピンク色の小花を再現した砂糖菓子がふんわりと傘のように盛られ、バーベナをイメージしたプリン。そしてオレンジジュースとアイスティーには、クチナシをイメージしたクリームが丁寧に飾られていた。

「おはな！　すごい！」
「……何だか食べるのもったいない……って、楓ったら、もう」

　目をキラキラさせたのは一瞬だった。
　メニュー名とＱＲコードが書かれたカードがついていて、お花の詳細を調べて楓に話そうか、まずはメニューと楓の写真を撮ろうかと悩む間もなく、ジュースのクリームをひとすくいしてにんまりしている。
　ちょっと形が崩れてしまったけど、それはそれで娘が喜び待ちきれない感じが伝わるかも知れない。智依子はスマホで何枚か写真を撮り、画面越しに飴細工へ手を伸ばしベタベタになった手を見せてくる楓に小さな悲鳴を上げてお手拭きで手を拭ってやったり大忙しだ。

「ママ、これあまいよ！　あーん」

　いつもはしてもらう側の娘が、不意にクリームがたっぷりのったスプーンを差し出した。
　分けてあげる優しさを覚え、ちょっとしっかりしてきたのかと思うと、じんわりこみ上げる物がある。

「おちちゃう！」
「ごめんね、あーん……うん、おいしいね」

　甘いけどくどくない、ふわっとした優しい味。
　きっと楓がくれる幸せも、こうやってずっと抱きしめたくなるような心地よさなのだろう。

「このおはな、おそとでみられる？」
「調べてみようか？」

　ついてきたカードを読み込んで、情報を見てみる。どちらかというと初夏よりのクチナシは、残っているところが少ないかも知れないが、九夜山で見られるスポットもＨＰに載ってある。
　何より、日本では縁起が悪いと呼ばれるこの花が、広い世界では『幸せを運ぶ』と呼ばれていることが気に入った。
　本土では得られなかった幸せを、楓は運んできてくれたのだから。

「お花は見られるかわからないけど、木がある場所がわかったから探しに行こうか？」
「たんけん！　こっちのおはなもあるかな？」
「ふふ、あるかな？」

　へリクサムとピンクのバーベナについて調べる二人には心配のないことかもしれないけれど。
　――いつまでも　家族が親しみ合って仲良くありますように
　そんな願いが、花にはこめられていた。

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