夏の花見｜リアクション

夏の花見

　手入れがされた花壇だけでなく、道すがらに咲く花にまで目を配れば結構な種類の花があるものだ。おかげで八神修は緑に誘われるまま想定以上の距離を歩いた。その充足感は休憩できそうな場所を認識すると、突然疲労感としてのしかかってくる。
　喫茶店の入り口にある雑貨をぐるりと見渡し、あとでゆっくりお土産でも探そうかとまずは空いている席があるか店内に視線を巡らせる。

「あお、」

　見間違えるわけのない七夜あおいの姿に迷い無く声をかけようとして、修は一瞬ためらった。
　頬杖をつきながら、横目で愛おしそうに何かを見つめる彼女が、大好きな人を盗み見ているように見えたからだ。
　ゆっくり近づいてみてもこちらを見ない。隣のテーブルは、別グループのように思うけれど――彼女の視線の先を追うように見てみれば、花畑と山の緑と青空のコントラストが美しく、アンティークな窓枠が異世界の風景を映しだしているかのような、不思議な光景だった。

「……凄いな」
「あれっ、修君？」

　いつからいたの、と言わんばかりに驚いて瞬きを繰り返す彼女に苦笑いをして、向かいの席の背もたれをトンっと叩く。

「ご一緒しても？」
「もちろん！」

　キリキリと締め付けられるようだった心臓は、満面の笑みで迎えられると簡単に暴れ出す。
　いつになっても慣れない、幸せを刻むリズム。
　そうして見計らったかのように現れた店員があおいの注文の品を並べ、修にお決まりでしたらと声をかける。オススメのスイーツとフルーツソーダを頼むと、二人の様子を見てにっこり微笑んだ。

「かわいいっ！」

　1枚1枚優しくちぎられた花びらが埋まった焼きドーナツに、紫やピンクに白といったペチュニアが飾られている。葉に見立てたクリームも添えられていて、確かに花畑をそのまま運んできたかのようだ。

「うーん……でも、自分の手の影が入っちゃう」

　むぅ、と考え込んでいる彼女も可愛いのだけれど、困っているより笑って欲しい。修はテーブルの照明と窓の光量を考え、今週のオススメが描かれた薄いメニュー表を手に取った。

「あおい、隣の椅子に座ってみて」

　４人がけのテーブルなので、配置換えもしやすい。不思議そうな顔をするあおいに微笑み返すと、修は手早くお皿とドリンクの配置を整え、シュガーポットの隣にあったホタルブクロっぽい卓上風鈴も添えてみた。
　そして、ラミネートされたメニューで少し角度を調整すると――

「わあっ、影が入らないどころか、凄く綺麗！　修くん、ありがとう」
「これくらいはね。趣味の1つだから」
「今日も何か撮影してきたの？」
「もちろん。通り道にちょっとね」

　カメラを取り出すと、ちょうど修の注文の品が運ばれてきた。
　小さな立方体のケーキには、リナリアを中心としたパステルカラーの可愛らしいエディブルフラワーが飾られてちょっとした鉢植えのようだし、ドリンクもベリーやキウィに柑橘とたっぷりのフルーツをざっくりしたお手製シロップにして、さらにスライスフルーツも詰め込んでソーダを投入。ミントの代わりに千日紅のエディブルフラワーが散らされているところがこの店らしいのかもしれない。

「好きだなぁ……」
「えっ？」
「こういう可愛い色、いいよねっ」

　思ったまま素直に口に出す所は彼女の美徳ではあるのだけれど。
　それ故に花のような笑顔は、夏の日差しよりも眩しすぎた。

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