◆水上 桜の場合。


『けものフェア絶賛開催中！』

「へえ。こんなのやってたのね」
　ニャレッジヴァンガードの入り口に掛けられた垂れ幕を読んで、桜は初めてそのことを知った。垂れ幕の情報だと、ちょうど今日から開催らしい。それでこんなに人がいっぱいなんだ、と納得する。今日が日曜だから、というのもありそうだけれど、そればかりじゃないということだろう。
　まあ、自分には関係ない、と桜は肩を竦めて自動ドアをくぐる。
　桜の目的は学業に使うルーズリーフとシャーペンの替え芯だった。
　上手な買い物のコツは、ずばり、出掛ける前にほしい物を書き出して、いざ現場ではそれ以外に目をやらないことだ。
（ルーズリーフとシャーペン芯、ルーズリーフとシャーペン芯）
　桜は頭の中で繰り返し、なるべく他の物は見ないようにして天井近くに表示されている分類ポードを頼りに文房具コーナーへとまっすぐ向かう。ところがけものグッズはそこまで及んでいた。
　かわいいクマの練り消しゴムや猫の柄の下敷き、柴犬の筆箱、そしてキリンの模様柄のカラーボールペン。どれもこれもかわいくて、女の子心をくすぐる文房具がずらりと並んでいて、それをまともに目にしてしまった桜の心は大いに揺れまくった。
「欲しいのはルーズリーフとシャーペン芯、なんだけど……」
　目当ての２品を買い物かごに入れても、その場を立ち去ることができない。ついつい、シャーペンに手が伸びてしまう。
　それは桜も読んでいる、ＷＥＢコミック発の「最高に可愛い」動物キャラクターたちのうちの１匹で、羊のようにもこもこした毛並みを見るたびいつももふりたい気持ちになる、ほわほわにゃんこだった。糸目で、「んー」が口癖で、お日さまのようなぽかぽかした笑顔の持ち主。
「これくらい、いいわよね、せっかく来たんだし」
　誰に言うでもなく、しいていうなら自分にそう言い聞かせて、それも買い物かごに入れた。
　シャーペンはよく使うから、無駄な買い物じゃない。
　あと、ちょっと小生意気そうなのに実は寂しがりやで、意地を張って強気な発言で仲間を振り回すけどほんとは誰より仲間思いなウサギのノート。
「ノートはむしろ必要な買い物よね、現社のノートがあと半分ぐらいになってたし」
　うん、とうなずいて買い物かごへ。
　今度こそ、これで終わり、と思ったら、「じゃあぼくは？」という目で見上げている、ペンポーチの子グマと目が合ってしまった。
　甘えん坊で、食いしん坊で、あわてんぼうのこの子は、すぐ一人は嫌と泣いてみんなの注目を浴びたがる。そうしてみんなの心を一つにする役割を持っている。
「……そうよね、置いていっちゃかわいそうよね」
　でもそうすると、じゃあわんこのボールペンは？　ネズミの伏せんは？　という考えになってしまう。
　この子たちだけ置いてなんかいけない。全員そろってさいかわなんだから。
　と、手が伸びたところで、待って、と心にストップがかかる。
（いやでも買いに来たのはルーズリーフとシャーペン芯で、それ以外の物は、最初の予定に入ってなかったんだから）
　予定にない物を買うって、それって無駄遣いってことじゃない？
　大体筆箱なんて、そうそう交換したりしないし、使わないでいつまでも引き出しの奥にしまっておくほうがよっぽどかわいそうじゃない？　それよりは本当に必要としてる人に買ってもらうのがこの子たちのためよ。
　自分の考えに、うん、とうなずいて。また心が揺れる前に、そそくさとその場を離れた。


「これで買う物は全部、と」
　レジに並んで順番を待つ。客が多いから、レジは３つあっても３つとも長蛇の列だ。
　手持ち無沙汰な思いで周囲に視線を泳がせる、それがいけなかった。すぐ近くの浮き島テーブルに、夏の必需品グッズとして、吸水性のいいタオルやひんやりが長持ちする水筒がずらり並んでいた。チェックやストライプ、カラーバリエーションも豊富で、どれもかわいい動物ワンポイント付き。
（た、確かにタオルと水筒は、夏の必需品ね……？）
　しかも水筒には、手提げひもを付ける所にクリスタルの動物チャームが付いていて、とっても涼しげ！
　手が伸びて、気がつけばどちらも買い物かごへイン。
　もうこれで本当に最後、最後だから、と自分に言い聞かせていた桜のとどめを刺したのは、レジ前でかごに盛られていた髪留めだった。


　支払いを終えて外に出た桜は、ちょっと疲れた気分でビニール袋を開く。そこには、ルーズリーフとシャーペン芯のほか、シャーペン、ノート、タオル、水筒、髪留め、そして『どうぶつのあかんぼたち』写真集第３集が入っていた。
　写真集は、いい。出ているのを知らなかっただけで、第１集、第２集と持っていて、続きが出たら買おうと思っていた物だし、初版特典のポストカードを集めてるから。売り切れる前に買えて、よかったと思う。
「だけどどう見ても、残りは無駄遣いだわ……」
　ああやっちゃったなあ、と目を閉じる。
（使うの。使うんだけど、でも予定にない買い物は、やっぱり上手な買い物とは言わないわよね）
　こういうのは散財というのだ。
　欲に弱い自分が悲しい。
「うー……。
　でも、まあ、たまにはこういうのもいいよね」
　ほんとにたまーにね。いつもじゃないから。
「よし、反省終わり！」
　次はこんなことがないようにしよう。
　ぐっと両手を握り締め、桜は帰途についた。